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zoom RSS アバドのロッシーニ「アルジェのイタリア女」

<<   作成日時 : 2008/06/03 21:11   >>

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昨日、東京の梅雨入りが宣言されました。今日は朝から夜まで雨で、梅雨寒の1日でした。
最近の気温の変化の激しさに身体がついていけなかったのか、今日は風邪が悪化し、午後から家で寝込んでいました。
そんな中、今日はクラウディオ・アバド指揮のロッシーニ「アルジェのイタリア女」全曲を聴きました。1987年の録音です。

最近ぼくが興味を持ち始めた作曲家にロッシーニがあります。ロッシーニといえばイタリア・オペラの大家ですが、その人気度はイタリア・オペラの後輩、ヴェルディやプッチーニに比べると一段も二段も落ちるようです。何かの本で読んだことがあるのですが、ロッシーニは、20世紀前半は本国のイタリアでも「セビリアの理髪師」を除き演奏されることはなかったそうです。そして1970年頃からようやく見直されてきたとのことです。実際にもロッシーニの人気がなかったことは、かのカラヤンが1曲も録音していないことから分かります。

しかし現在でも、ロッシーニの人気といえば、ヴェルディやプッチーニと比べると大いに見劣りがするようです。その理由はと考えるに、ロッシーニ作品は、たとえばヴェルディ「椿姫」、プッチーニ「トスカ」などの代表的なイタリア・オペラと比べると、華やかさやドラマテックな要素に乏しく、平板で、退屈そうなイメージがあるからなのではないでしょうか。
たしかにロッシーニ作品は、ヴェルディやプッチーニのような華麗さ、劇的な場面に乏しいとは思いますが、天真爛漫に、非常にのびのびと書かれおり、純粋にオペラそのものに浸ることができるという点では、ヴェルディ、プッチーニ以上なのではないでしょうか。イタリア・オペラにおけるロッシーニの存在というには、ちょうど交響曲・弦楽四重奏曲におけるハイドンの存在と似ているのではないでしょうか(もっともロッシーニはハイドンのようにたくさんの作品を残していませんが)。

もっともぼくも全然偉そうなことは言えません。持っているオペラは「セビリアの理髪師」(アバド盤)、「シンデレラ」(NAXOSのゼッダ盤)と、このアバドの「アルジェのイタリア女」だけなのです。

さて今日聴いたのは、アバドの「アルジェのイタリア女」ですが、あらすじは、日本語盤ライナーノート(長谷川勝英)によると、「海賊によってすんでのところでアルジェの太守と結婚させられそうになったイタリア娘のイザベェラらが、機知を働かせて奴隷として太守に仕える恋人リンドーロとともに見事に逃げ出すという楽しいオペラ」だそうです。太守のムスタファをルッジーノ・ライモンディ(バス)、イザベッラをアグネス・バルツァ(メゾ・ソプラノ)、リンドーロをフランlキ・アルバート(テノール)が演じます。オケはウィーン・フィルハーモニー管弦楽団、合唱はウィーン国立歌劇場合唱団です。

この「アルジェのイタリア女」を聞いて、ロッシーニの魅力を十分に味わうことができました。前述のように、人間性の考察とか、そのようなことを忘れて純粋にオペラそのものの魅力を味わうことができましたし、聴いていると意外なほど魅力的な旋律が多いのです。たとえば第1幕第2場のイザベッラの「ひどい運命よ、愛の暴君よ!」、第1幕第3場のムスタファのアリア「もはや胸の中には異常な興奮が」などです。また今回聴いて重唱が非常にたくみの作曲されていることに気づきました。第2幕第3場のムスタファ、リンデーロ、タッデーオ(イザベッラの仲間)の三重唱などはその最たるものです。

ちょっと不遇な存在をかこっているものの、他のオペラにない独自の魅力を持ったロッシーニ。ぼくが今後聴いていきたい作曲家の1人です。

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コメント(7件)

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アルトゥールさま お早うございます。

ロッシーニは、アバド・ヴィーナーシュターツオーパーの引っ越し公演で「ランスへの旅」を聴いたことがあります。非常に面白い演出、良い曲でした。

確かに、ロッシーニはイタリアオペラ界の「ハイドン」的存在かもしれませんね〜。ロッシーニの時代には、ものすごく人気があったとか。
今はロッシーニ・ルネサンスの時代かもしれませんね。オペラは数多くありますからね〜
ようやくオペラの舞台にも上るようになってきたようですね〜。

ミ(`w´)彡
rudolf2006
URL
2008/06/04 04:40
rudolf2006さま
おはようございます。

アバドの「ランスへの旅」、良かったですか。
ぼくもCDで良いから、一度聴いてみたいです。
今秋「ロッシーニ・オペラ・フェスティバル」日本公演
というのがあって、「オテロ」「マホメット2世」という
珍しい曲が演奏されるみたいですね。
お金さえあれば行ってみたいのですが…。
アルトゥール
2008/06/04 06:28
戦前ロッシーニは人気がなかったわけではなく、演奏が困難なことと、楽譜が整備されていなかったことが演奏されなかった原因ではないでしょうか。トスカニーニはロッシーニは演奏困難だからやらないと明言していたそうです。ロッシーニ演奏に不可欠なアジリタ技巧はベルディ時代に使われなくなり、歌手にも困難になったはずです。戦後サザーランド、ボニングペアによるアジリタの復活がありましたが、ロッシーニにはあまりいかず、やはりアバドによる努力が大きかったようです。70年代からクリティカルエディションの楽譜が出版されるようになり、ロッシーニフェスティバルによって、今ではかなり復興してきたと思います。でも、今カラヤンが生きていてもロッシーニは演奏しなかったでしょう。序曲は若いころからやっています。
wakei
2008/06/08 14:39
wakeiさん
お教え頂き有難うございました。

アジリタを多用する演奏の困難性と楽譜の問題があったのですね。
アバドの努力や楽譜が整備されたにより、ロッシーニが見直され
てきたのは、オペラ・ファンにとっては大きな朗報だと思います
(私はあまりオペラファンというわけではありませんが)。
また私は「アルジェのイタリア女」や「セビリアの理髪師」の
ようなブッファしか聞いたことがないですが、セリアにも知られ
ざる傑作があると聞きます。
ロッシーニは私にとって今後注目していきたい作曲家です。
アルトゥール
2008/06/08 21:56
 こんにちは。最近ふとしたことからアバドを大いに見直しているところなのですが、アルトゥールさんもアバドについて書いてらっしゃったのを思い出しました。
 アバドは、イタリア人ということもあり、やはり本領はオペラにあるのでしょうね。ご紹介のロッシーニ、ぜひ図書館で借りて見たいと思います。
 もし、アバドで、これは、というCDがあれば、オペラに限らず、教えてくださるとうれしいです。
Nora
2008/06/20 16:11
Noraさん、コメント有難うございます。
たいへん難しい質問を頂きました(笑い)。というのは私は、
アバドの膨大な録音の中のほんの一握りしか聴いたことがな
いからです。
アバドの広汎なレパートリーは、@モーツァルト、ベートー
ヴェンを中心とした伝統的なドイツ・オーストリア系の交響
曲、A19世紀末から20世紀の音楽(ドビュッシー、ラヴ
ェル、マーラー、新ウィーン楽派など)、Bオペラ、に大別
できるように思います。
@は、アバドがあまり自己の個性を主張するタイプでないせ
いもありますが、自分の知っている限り、アバドでなければ、
という曲はないように思います。
Aは、意外に良いのではないでしょうか。例えばドビュッシ
ーなどは、デュトワのような軽量級(?)を物足りなく思う
方には良いのではないでしょうか。またベルクも持っていま
すが、満足して聴いています。
(以下、長くなったのでコメントを分けます)
アルトゥール
2008/06/20 18:18
(上に続けます)
Bのオペラは、自分自身があまり聞かないジャンルなので
アバドについてもよく分りません。ロッシーニは、アバド
が積極的に取り上げ貢献した作曲家なので、アバドで聞き
ます(といっても「アルジェのイタリア女」「セビリアの
理髪師」だけですが)。
アバドは90年代にムソルグスキーなどロシア・オペラを
録音したようですね。自分は聴いたことがないですが、こ
の辺に宝が眠っている可能性はあると思います。
アルトゥール
2008/06/20 18:21

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