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zoom RSS タリス・スコラーズのビクトリア「レクイエム」

<<   作成日時 : 2008/08/09 19:04   >>

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今日8月9日は、長崎に原爆が投下されて63回目の記念日です。
罪なくして犠牲になった7万人以上の多くの方々に対し、この場を借りまして深い哀悼の念を表します。

本ブログでは、これまで政治的メッセージは控えてきました。が、今日だけ一言表明します。
そもそも日本のアイデンティティとは何でしょうか。それは日本人一人ひとりによって違うはずです。美しい自然にシデンティティを求める人もいれば、世界2位の経済力にアイデンティティを求める人もいるし、もちろんその他に求める人もいるでしょう。違っていて当然の問題です。
そこで私の考えですが、私は、日本のアイデンティティとは世界で唯一の被爆国だということだと考えます。
日本は世界でただ一つの被爆国であり、それゆえ戦争のもたらす悲惨さと平和のもたらす尊さを、世界のどの国によりも、身をもって経験している国なのです。
それゆえ日本はたえず世界中に対し、平和の尊さを訴えかけるメッセージを発信しなければなりません。
戦争を起こして独裁者を排除してしまえばよいというような安易な考えに対しては断固反対のメッセージを表明する責務を負うとともに、世界中のどこかで平和が損なわれたら平和を維持するための何らかの行動を起こす責務を負っていると考えるのです。

今日は、長崎の原爆の日ということで、タリス・スコラーズの演奏するビクトリア(1548−1611)の「レクイエム」を聴きました。録音は1987年です。レーベルはGimellです。
昨年の8月9日はヴェルディのレクイエムを聴きました(演奏はトスカニーニでした)。しかし、最近思うのですが、ヴェルディのレクイエムとか、モーツァルトやフォーレのレクイエムは、「音楽」の要素が強すぎるのではないでしょうか。レクイエムとは、「音楽」をもっと控えて、ただ純粋に、静かに、敬虔に、死者を悼み、追悼の念を表現する声であるべきなのではないでしょうか。

このように考えると、今日聴いたルネサンス期のスペインの作曲家ビクトリアのレクイエムは、まさに、純粋で、静かで、清冽で、敬虔な、祈りの音楽です。「音楽」の要素の少ない、死者を追悼する声です。そして聴き手に伝わってくる感動はヴェルディなどのレクイエムの劣るものではありません。

タリス・スコラーズの演奏は、純粋な、美しい、すばらしいものです。タリス・スコラーズは、古楽の合唱アンサンブルとして、ヒリヤード・アンサンブルと人気・実力を二分してきた団体で、私は実演を聴いたことがあります。長崎での犠牲者の方々のご冥福を祈るよすがとして、最高の演奏だと思います。

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