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今日はたいへん天気に恵まれました。1年中今日のような気候だったらいいのに…と思うような1日でした。 今日は、気候に似合わないかもしれませんが、ボザール・トリオの演奏するラフマニノフのピアノ三重奏曲第2番を鑑賞しました。録音は1986年5月です。 ボザール・トリオの当時のメンバーは、メナハム・プレスラー(p)、イシドーア・コーエン(vn)、バーナード・グリーンハウス(vc)です。メンバー的に見て、ボザール・トリオ全盛期の録音と言えると思います。 ピアノ・トリオというと、ベートーヴェンをはじめドイツ・オーストラリアの作曲家の作品が有名ですが、チャイコフスキー、ラフマニノフ、ショスタコーヴィチとロシアの大作曲家もそれぞれ、少数ながらピアノ・トリオを作曲しています。ロシアのピアノ・トリオで最も有名なのは、「偉大な芸術家の思い出のために」という副題のあるチャイコフスキーのピアノ・トリオでしょう。 ところがぼくは、チャイコフスキーのピアノ・トリオが昔からあまり好きになれず、ロシアのピアノ・トリオではショスタコーヴィチ(の第2番)、ラフマニノフ、チャイコフスキーの順に好きなのです。 ラフマニノフのピアノ・トリオは2曲あり、ともにラフマニノフが19歳から20歳の学生時代の作品です。1番は単一楽章の小品で、「悲しみの三重奏曲」という副題が付されているものの作曲動機はよく分からないようです。 これに対して第2番は、ラフマニノフが尊敬するロシアの大作曲家チャイコフスキーの死に直面し、その死を悼んで作曲したもので、やはり「悲しみの三重奏曲」という副題が付されています。ラフマニノフは、チャイコフスキーが親しい友人のピアニスト、ニコライ・ルビンシュタインの死を悼んでピアノ三重奏曲「偉大な芸術家の思い出のために」を作曲した前例にならったのでしょう。 この第2番は3楽章構成です。 第1楽章は、尊敬する作曲家の死を悲しむ痛切な思いに満たされています。しかしその中にも、ラフマニノフらしい甘く、感傷に満ちた曲想が現れています。 第2楽章は、ピアノによる主題の提示の後変奏曲形式を取りますが、ぼくがおかしいのかもしれませんが、今一つ妙味が足りないのではないでしょうか。同楽章が不出来というのではないですが、第1、3楽章の出来が良いだけに、第2楽章にもう少し妙感があれば、曲全体が相当な傑作になっていたのではないか、と惜しい思いがするのです。 第3楽章は、再びチャイコフスキーの死に対する悲痛な思いが前面に出てきて、静かに終わります。 このように第2楽章に対する不満がないわけではないですが、チェロ・ソナタに次ぐラフマニノフの室内楽分野における傑作だと思います。 ただし、残念なことに録音が少ないようで、ぼくはこのボザール・トリオ盤のほかには、オボーリン/オイストラフ/クヌシェビツキーのトリオによるものしか持っていません。 ボザール・トリオの演奏は、磐石のアンサンブルで見事な演奏です。ボザール・トリオ(昨年、解散したと伝えられています)はアメリカを代表するピアノ・トリオとしてわが国でも有名で、来日も多数あったと思いますが、同じピアノ・トリオでもスーク・トリオほど人気は出なかったように思います。 その理由としては、「弦はチェコ」というわが国での先入見もあったと思いますが、活躍時期の違いもあったのではないでしょうか。すなわちスーク・トリオが1960年代にすでに名声を博していたのに対し、ボザール・トリオは結成は1950年代とのことですが、全盛期はジュリアード四重奏団の第2vnだったイシドール・コーエンが加入した1968年以後、1970年代以降のことで、スーク・トリオが既に地位を確立した後のように思います。後発組ということで割を食ったように思うのです。 しかし本録音などを聴いていると、ボザール・トリオが、弦楽四重奏のジュリアード四重奏団とともに、アメリカの室内楽界を牽引したアンサンブルだったことが実感できます。 |
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