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zoom RSS 村上春樹『蛍・納屋を焼く・その他の短編』(新潮文庫)

<<   作成日時 : 2017/05/03 23:00   >>

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GWに入ってから、村上春樹の『中国行きのスロウ・ボート』(中公文庫)、『蛍・納屋を焼く・その他の短編』(新潮文庫)と2つの短編集を立て続けに読んだ。
両方とも1980年代という村上春樹の最初期の短編集である。
管理人はこれらを80年代に読んだ記憶があるが、中身はもう覚えていなかった。初読ようなものだった。
この2作の中では、『蛍・納屋を焼く・その他の短編』の方が印象に残る好作が多いように思ったので、こちらの方をブログ記事にしようと思う。

本書は、『蛍』『納屋を焼く』『踊る小人』『めくらやなぎと眠る女』『三つのドイツ幻想』の5作で構成されている。
『蛍』は、大ベストセラーとなった長編『ノルウェイの森』の原型の作品である。東京の学生向き独身寮で暮らす主人公が高校時代の友人の彼女だった女性と再会し、徐々に恋愛に陥るが、女性が心の中に抱えたデリケートで不安定な面もまた現れてくる。
『納屋を焼く』では、主人公の友人の女性の恋人である男性が「時々納屋を焼く」という奇妙な言葉を吐く。しかし、主人公の周囲では納屋の火事は発生しない。
『踊る小人』では、象を作る工場で働く主人公が夢の中で踊りの上手い小人と出会う。シュールレアリズムのような作品である。
『めくらやなぎと眠る女』では、主人公が難聴を患っているいとこの少年とともにバスに乗って病院に向かう。いとこが診察を受けている間に、主人公は、昔友人と共に友人の恋人の女性を病院見舞いに行った時のことを思い出す。
『三つのドイツ幻想』は、ドイツを背景にした三つの短いシュールな寓話である。

この中では、一般にインパクトが強いのは『蛍』だろうと思う。『ノルウェイの森』は、管理人自身読んでから長い時間が経っているが、前半が瑞々しく叙情的なのに対し、後半に冗長になっていった印象がある。『蛍』には『ノルウェイの森』の中の最良の部分を見い出すことができる。例えば、次のような描写だ。

「僕と彼女は四ツ谷駅で電車を降りて、線路わきの土手を市ヶ谷の方向へ歩いていた。五月の日曜日の午後だった。朝方降った雨も昼前にはあがり、低くたれこめていた鬱陶しい灰色の雲は、南からの風に追われるようにどこかに消えていた。くっきりとした緑の桜の葉が風に揺れて光っていた。日射しにはもう瑞々しい初夏の匂いがした。すれ違う人々の多くは上着やセーターを脱いで肩にかけていた。テニス・コートでは、若い男がショート・パンツ一枚になってラケットを振っていた。ラケットの金属のふちが午後の太陽を受けてきらきらと輝いていた。」

雨上がりの若葉繁る5月の午後の若々しく瑞々しい情景が目に浮かぶようだ。
こういう時期に時間を共に過ごすことのできる若いカップルは、本当に幸せだろうと思う。
しかし、現実はそんなにうまくいくものではない。主人公は徐々に彼女に思いを寄せていくが、彼女の方は心の中に闇の部分を抱えていて、主人公を決して愛してはいないことも明らかになっていく。切なく悲しい小説だと思う。

それ以外では、「納屋を焼く」という暗喩(というのはその言葉を発した男性が、現実に納屋を焼いているわけではないからだ)によって、何気ない日常に潜む悪を描く『納屋を焼く』も良かった。男性の「納屋を焼く」という言葉が、彼が裏側で悪を行なっている、具体的には恋人の女性の殺害を意味することは明白だろうと思う。この日常に潜む悪というテーマは、1990年代以降の村上春樹作品に繰り返し現れるが、その最初期がこの『納屋を焼く』なのではないだろうか。

また『めくらやなぎと眠る女』が相当な傑作なのではないだろうか。バスに乗っていた老人たちは何を意味するのか、主人公の回想する入院していた友人の恋人が描いていた「めくらやなぎと眠る女」の絵は何を意味するのか、またいとこの難聴とどういう関係があるのか、等は明らかにされない。その一方で管理人は、本作は視覚的に鮮やかな作品だという感想を抱いた。バス停や街並みや病院の食堂が目に浮かぶようだ。全編にノスタルジーと、 何かが失われたという透明な喪失感が流れている。

この短編集『蛍・納屋を焼く・その他の短編』や『中国行きのスロウ・ボート』のような村上春樹の初期の短編集と、『女のいない男たち』のような最近の短編集とを比べてみると、村上春樹の作風が非常に変化したことが分かる。
初期の短編がフレッシュさと、実験性・前衛性・問題提起的要素を併せ持っているのに対し、『女のいない男たち』は完成度は高くなっていても前衛性のようなものは失われている。これは多くの作家(例えば、夏目漱石、谷崎潤一郎、三島由紀夫)の辿った道であり、村上春樹もまた例外ではなかったということだろう。





螢・納屋を焼く・その他の短編 (新潮文庫)
新潮社
村上 春樹

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