シュタルケルのJ.S.バッハ「チェロ・ソナタ第1~3番」

最近あまりチェロを聴いていなかったので、J.S.バッハの「チェロとチェンバロのためのソナタ」第1、2、3番BWV1027~1029を聴いてみた。演奏はヤーノシュ・シュタルケル(vc)、スザナ・ルージイチコヴァ(チェンバロ)、1977年の録音である。クレスト1000シリーズの1枚である。

これら3曲は、バッハが元来ヴィオラ・ダ・ガンバのために作曲したものなので、「ヴィオラ・ダ・ガンバ・ソナタ」、もっと省略して「ガンバ・ソナタ」と呼ばれているようだ。3曲のどの曲がどうこうということはないと思うが、どの曲も上品で優雅、さらに伸びやかさも感じられ、まずバロック時代の模範的な作品だと思う。あまり神経を集中して聴くのではなく、新聞を読んだり、読書を楽しみながら、時々その気品のある音楽に耳を傾けたいところだ。

シュタルケルはぼくの好きなチェリストだ。彼は1924年生まれだから、先般逝去したロストロポーヴィチ(1927年生まれ)とほぼ同年だが、わが国ではロストロポーヴィチに比べると格段に人気がなかった。その理由は分かるような気がする。技術的にはすぐれた人ながら、ロストロポーヴィチのような表現力・雄弁さに欠けるのだ。ただし、ロストロポーヴィチのような音色の変化に欠けるものの、豪快で男性的な感じがするのは、この人の独自の個性だろうと思う。
ぼくはチェロはとろんとろんとした演奏をする人が好きなので、元来シュタルケルのようなタイプは苦手なはずだが、シュタルケルだけは例外的に好きでいる。この人の、骨太にぐいぐいと押してくるような演奏が好きなのだ。7年くらい(?)前に来日公演(練木繁夫さんとの共演だった)を聴いた影響もあると思う。
今日聴いたバッハでも、名手ルージイチコヴァとの息の合ったアンサンブルで、立派な演奏を展開している。特に第3番では両者の気迫のようなものが感じられる。

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この記事へのコメント

2007年05月30日 08:20
アルトゥールさん、おはようございます。

夕べは夕食の準備をしながらバッハの無伴奏ヴァイオリンソナタをクレメールで聴いていました。
思わず手を止めて聞き入ってしまうところ、胸がいっぱいになってしまうところばかりで、食事のしたくはすっかり滞ってしまいました(笑)。
そもそもバッハを聞く状況ではないことを重々承知でいたのですが、ここ何日かバッハから離れられなくなってしまって・・・

チェロソナタといい、このヴァイオリンソナタといい、宗教曲でない音楽を聴いても何ともいえない深い宗教的感動に襲われます。
宗教的というと少し語弊があるかもしれませんね。
人間存在の根源的な哀しみ、といったような感情がいつも私の心を深く揺れ動かします。

やはり、キッチンで聴く音楽ではありませんね。反省(笑)。

シュタルケルの無伴奏チェロソナタ、初めて聴いたのが10代。
鬼気迫ると言う表現がぴったりでした。
でも現在のように魂の深いところで聴けるようになったのは、最近のような気がします。
年をとるのも、悪いことばかりではありませんね。
2007年05月30日 22:11
aostaさん、コメント有難うございます。

私もバッハの器楽曲は時々聞きます。無伴奏ヴァイオリン、
無伴奏チェロ、ヴィオリン・ソナタ…聴く者に訴えかけると
いうより、何かを語っているような気がします。仰るように
人間存在の根源かもしれませんし、大宇宙的なもののように
も感じます。「ながら聞き」はちょっと苦しいかも(笑)

私も年をとって分かるような音楽があります。例えば10年
くらい前に突然ブルックナーに開眼しましたし、最近は、以
前はヴァイオリン協奏曲しか共鳴できなかったたメンデルス
ゾーンにはまったりしています。ただ10代、20代の頃に
持っていた感受性とは違ったもののようで、その点を残念に
思ったりすることもあります。

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