漢詩の楽しみ―王維Ⅱ

首都圏はまだ1日の最高気温が20度を超える日が続いていますが、それでも夜などはずいぶん涼しくなり、秋が確実に深まってきているのが感じられます。

さてぼくの好きな唐代の詩人王維は、自身が画家だったということを裏付けるように田園の叙景的な詩に秀作が多いのですが、なぜか秋の風景を詠んだ詩が多いのです。次の詩もその一つです。

   山居秋瞑

 空山新雨後  空山 新雨の後
 天気晩来秋  天気 晩来秋なり
 明月松間照  明月 松間に照る
 清泉石上流  清泉 石上に流る
 竹喧帰浣女  竹喧(かまびす)しく浣女(かんじょ)帰る
 蓮動下漁舟  蓮動いて漁舟下る
 随意春芳歇  随意なり 春芳の歇きること
 王孫自可留  王孫 自ら留まる可し

ここで浣女とは洗濯娘のこと。春芳歇は春の花が散り尽きていくさまを指しています。王孫は若さまのことですが、ここでは作者自身を諧謔的に指しています。
雨後の秋の夕暮れののどかな景色が目に見えるような秀作だと思います。

ここでもう少し時間がたち、すっかり日が暮れてしまうと、有名な「竹里館」の世界に入るのでしょう。

   竹里館

 独座幽皇裏  独り座す幽皇の裏(うち)
 弾琴復長蕭  琴(きん)を弾じ復た長蕭(ちょうしょう)す
 深林人不知  深林 人知らず
 明月来相照  明月来たりて相照らす

                             (以上、岩波文庫「王維詩集」による)

以上の2首は創作の時期は違います。しかし、こうやって詩人がさまざまな時期に創作した詩を勝手に組み合わせて、彼の目にどのような1日・どのような世界が映じていたのか、想像してみるのは楽しいことです。

読書の秋が深まってきました。いろいろな本を読んでいきたいものです。

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この記事へのコメント

2007年10月14日 18:56
 アルトゥールさん、お久し振りです。今日は1日中机に向かっていました。頭がふらふらです。今はやっと一息です。
 ところで・・・王維 の 「 竹里館 」、若い頃から親しんだ五言絶句だと思いますが、間違いないですね・・・Noraさん のブログで年代を間違えてしまい、古詩と律詩の記憶が曖昧になってしまったものですから。
 「 竹里館 」は・・・これも若い頃暗唱しました。
 竹林の奥に入って、1人座り琴と弾いたり、吟唱を楽しんでいる。この竹の林のぼくの楽しみは・・・
 ブログで漢詩を詠ませて戴きますと、ホットします。又、これからも漢詩のご紹介楽しみにしております。
 失礼致します。
2007年10月15日 12:17
 こんにちは。
 竹里館は、先日TVでやっていて、覚えたところです。
 このように並べると、また世界が広がる気がしますね。
 すばらしいです。

 今、杜牧を中心に読んでいますが、杜牧の後に王維を読むと、詩の世界がより大きいというか、より澄んでいるのを、感じます。
 杜牧はなんだか人間くさいのです。もっとも、そこが気に入ってるのですけど。
 おかげさまで、何となく、詩人の個性みたいなものが、わかってきました。
2007年10月15日 21:49
my favorite storiesさん、コメント有難うございます。
「鹿砦」と「竹里館」は昔から王維の定番でしたね。「竹里館
」は、私は今は忘れていますが、高校時代には暗唱していまし
たと思います。
竹の林での楽しみですか…。お酒は欠かせないですね。
独り座すのもいいですが、友人と杯を傾けながら囲碁を一局と
いうのもいいですね。
2007年10月15日 21:59
Noraさん、コメント有難うございます。
王維と杜牧では時代背景が違うことが、両者の作風に影響を
与えているのではないでしょうか。王維は盛唐の平和な時代
の詩人なので、心が澄んだ詩を書くことができたのに対し、
杜牧は晩唐の皇帝の権威が失墜した混乱の時代の詩人なので、
つい世の中のことや我が身を嘆くような詩が出てくるのでは
ないかと思います。

私事なのですが、どうも漢詩(に限らず詩)は自分の心が平穏
でないと詠めないのですよ。ここ数ヶ月は、仕事関係や息子の
受験などで心が混乱していて漢詩の世界には入っていけません
でした。
こちらこそ、いろいろ教えてください。
のですよ。ここ数ヶ月は

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