漢詩の楽しみ―李白Ⅰ

李白(李太白)は、杜甫とともに詩聖と呼ばれ、唐代を代表する詩人として有名です。「静夜思」「白髪三千丈」「早発白帝城」「遊洞庭」等、古来わが国で親しまれてきた詩は数多くあります。彼の叙景におけるスケールの大きさ、発想の自由奔放さは、まさに詩聖の名にふさわしいと思います。
そしてこれは有名なエピソードですが、李白は酒仙すなわち大酒飲みでした。彼の死について、月夜に川に舟を浮かべて酒を嗜んでいたところ、水上に月が映っているのを捕まえようとして川に転落し溺死した、という酒の好きな人にとっては(おそらく)うらやましい伝説が残っているほどです(なおこれは後世の創作だとする説が有力です)。

そこでまず1首。

    山上にて幽人と対酌す
 両人対酌山花開  両人対酌して山花開く
 一盃一盃復一盃  一盃 一盃 復た一盃
 我酔欲眠卿且去  我れ酔いて眠らんと欲す 卿(きみ)且(しばらく)去れ
 明朝有意抱琴来  明朝 意有らば 琴を抱いて来たれ

「幽人」とは隠者のことのようです。この詩は特に「一盃 一盃 復た一盃」という句が、リズム感と少しのユーモアがあり、平凡なようで李白の独創的なもので上手いと思います。全体として、花咲く山奥でのんびり2人で酒を飲んでいるという風情がよく出ている秀作だと思います。

次に、ぼくには「将進酒(将に酒を進めんとす」という好きな詩があるなのですが、これは長い詩なので、有名な「月下独酌」を次に詠みます。

    月下独酌 其の一
 花間一壺酒  花間 一壺(いっこ)の酒
 独酌無相親  独酌 相い親しむもの無し
 挙盃迎明月  盃を挙げて明月を迎え
 対影成三人  影に対して三人と成る
 月既不解飲  月 既に飲むを解せず
 影徒随我身  影 徒(いたずら)に我が身に随う
 暫伴月将影  暫く月と影とを伴って
 行楽須及春  行楽 須(すべから)く春に及ぶべし
 我歌月徘徊  我歌えば 月 徘徊し
 我舞影凌乱  我舞えば 影 凌乱す
 醒時同交歓  醒むる時 同(とも)に交歓し
 酔後各分散  酔うて後 各々分散す
 永結無情遊  永く無情の遊を結び 
 相期遙雲漢  相い期す 遙かなる雲漢に

雲漢とは銀河・天の河のことだそうです。月と影を友として酒を飲み、「行楽 須く春に及ぶべし」という発想がユニークで、「酒仙」の面目躍如たるものがあります。そして能天気に酒を飲んでいるのではなく、最後の二句で、月と影との間で「永く無情の遊を結び、相い期す遙かなる雲漢に」として、思うに任せないこの世への嘆きを表しています。

以上の2首は、有名な詩のようで、ぼくは高校時代に初めて詠みました。そして「早く大学に入って酒を飲みたい」などと思ったものです(真面目な高校生だったのです)。今改めて詠んで見ると、李白の形式に捕らわれない自由な精神に驚かされます。また2首とも酒が好きな人(ぼくもそうですが)にとってはたまらない詩ですね。
 

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この記事へのコメント

2007年10月20日 18:44
 アルトゥールさん、お久し振りです。李白ですか。1番好きです。この次に書こうと思っていたんですよ。嬉しいですね。
 李白は・・・郷を離れ、遊侠の徒と遊び、酒を愛し、女を愛でた、放浪の詩人であり、科挙に通りませんでした。ここまでは私と殆ど同じです。ところが・・・持って生まれた詩文の天才・・・ここが、私とは月とスッポン以上の違い・・・
 ところで、
 「 山中對酌 」咲き乱れる山の中で、対座して酒を飲み、一杯一杯と杯を重ねる。眠くなってきちゃった・・・
 「 月の下で一人飲む 」友達がいない花の下で酒を飲んでいる。・・・月と己と、己の影が三人になった。酒の味が分からず・・・
 いいですね。李白は本当に書を読み酒を愛する人間の心(心情)に訴えます。これからもブログ楽しみにしております。
 やっと暇になりましたので・・・失礼致します。

 
2007年10月20日 22:11
my favorite storiesさん、コメント有難うございます。

私も李白は大好きです。自然を愛し、歴史を振り返り、
酒を何よりも愛した李白は、日本人の心の琴線に触れる
ものがありますね。彼の詩を読んでいると、西欧流の法
律や経済の下で生活し、クラシック音楽を聴いたり、欧
米の作家の小説を読んでいても、我々日本人はやっぱり
アジアの血が流れているのだと感じます。
これからも宜しくお願い申し上げます。

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