黒木亮『トップ・レフト』(角川文庫)

黒木亮『トップ・レフト』(角川文庫)という小説を読み終えた。
最近「経済小説」と呼ばれる分野が脚光を浴びているようだ。経済界・産業界に実際に発生した出来事をモデルにした小説である。この分野の第一人者は高杉良さんであろう。高杉さんは、ずいぶん前から『小説 日本興業銀行』、『小説 巨大証券』、比較的近年では『金融腐蝕列島』など数多くのすぐれた経済小説を発表し、現在も活躍中だ。ぼくも高杉さんの小説は何冊か読んだことがある。

だが、高杉さんが元々は作家で、実際の経済界を綿密に取材して小説を書いてきたのに対し、最近注目されているのは、元々はどこかの会社(銀行・証券が多いようだ)に身をおく企業人で、作家に転身して、または現役の企業人のまま小説を書くというケースである。その中で最も有名なのは、メディアへの露出も多い幸田真音さんだろう。また『ハゲタカ』という小説がテレビドラマ化されたという真山仁という人もそのケースのようだ。
ぼく自身も一度幸田さんの本を読みたいと思っていた。ところが何ヶ月前に友人と経済小説の話題になったところ、友人のイチオシは「黒木亮」だった。黒木さんは1957年生まれ、都市銀行、証券会社、商社を経て、本作『トップ・レフト』で作家デビューしたとのことである。

さてこの『トップ・レフト』だが、これがすごく面白かった。ストーリーの運び方が小気味よく、スリリングで、電車の中で読んでいると駅を乗り過ごしそうになるほどだった。
この小説は、1998年、ロンドンの金融街シティを舞台に中心に展開される。邦銀富国銀行ロンドン支店の国際融資担当次長・今西哲夫と、富国銀行から米系の投資銀行モルガン・ドレクスラー証券に転じ、欧州シンジケーション・ローン部長を務める龍花丈を中心に展開される。日本の自動車会社・トミタ自動車にイラン工場建設の伴う国際協調融資(シンジケーション・ローン)の主幹事銀行の座ををめぐる両者の熾烈な争いに加え、米系投資銀行BMJのモルガン・ドレクスラーに対するTOB、ロシアの債務危機など、次々に事件が発生していく。
今西が邦銀の不条理な体質に苦労しながらも、あくまでその中に身を置いて一歩一歩誠実に取引を進めようとするのに対し、邦銀を捨てた龍花は金儲けのためなら手段をいとわない方法で取引を進めようとする。この2人の仕事の進め方さらに生き様は対照的で、その争いは読んでいて本当にスリリングだ。そして結末に向けて劇的にストーリーが進んでいく。

著者の黒木さんは登場人物の1人の口を借りて、日本の銀行について次のように述べる。「うちの銀行(=富国銀行)はいまだに外部との電子メールのやりとりすらできない。うちだけじゃなくて、大半の邦銀がそうだ。…日本の銀行にいると、自分たちの目の前で、外銀や商社、ノンバンクが新しい分野に果敢に進出して行くのを指をくわえて眺めているしかない。」「…(副支店長や本店は)そんなものは外資にやらせておけばよい。うちはシステム的に対応できない。やってどれだけメリットがあるかわからない…。彼らはただやれない理由を並べたてるだけだ。…まあ、運良く彼らのところを突破できても、そこから先、本店の次長、副部長、部長、平取、常務、専務、副頭取、頭取という気が遠くなるようなヒエラルキーの階段を登っていかなきゃならない。」

だからといって黒木さんがアメリカの投資銀行にやり方に共鳴しているわけではない。別の登場人物は次のように述べる。「アメリカの投資銀行のやり方は、弱い者を見つけたら徹底的に搾り取る。法律に触れさえしなければ何をやってもいいのが彼らの流儀で、日本人と違って道徳観という歯止めがない。事情を知らない奴は徹底的にカモる。それがアングロサクソン流だ。」「間抜けを見つけて思い切りカモる。インベストメント・バンカーなんて卑しい連中だよ。」

こういった辺り、共鳴できる読者も多いのではないだろうか。ぼくもその1人だ。黒木さんはヨーロッパ流のビジネスのやり方にシンパシーを感じているのかもしれない(現在、ロンドン在住とのことだ)。

この本を読んで、最先端の金融の現場の厳しさ・緊張感、そしてある種の面白さに驚かされるとともに、1990年代後半に大量の不良債権を抱えてアップアップしていた頃の邦銀をとりまく厳しい状況にも驚かされた。またロンドンのシティとニューヨークのウォール街のメンタリティの違いなども興味深かった。これらは実際に現場にいた人でなければ書けないものだ。
本書は金融の専門用語については一々丁寧な説明がつけてあるので、銀行・証券会社以外に勤めている一般の読者や、主婦・大学生の方々にも困難なく一気に読み通せると思う。

とにかく面白い1冊だった。

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この記事へのコメント

my favorite stories
2007年11月10日 11:00
 アルトゥールさん、おはようございます。お久し振りですね。ところで、お書きになっていらっしゃる「 トップ・レフト 」、今度、書店に行きましたら手に入れようと思います。仰るように今の企業小説といいますと、高杉良さん ですね。大体読みました。「 金融腐蝕列島 」「 燃ゆるとき 」「 人事権 」 が好きなところです。
 私の若い頃は、企業小説といえば 清水一行さん でした。相当読みました。ニコチンで汚れてしまい、みんな捨ててしまいましたが、三菱重工の社長だった 牧田與一郎氏 の半生を描いた 「 燃え盡きる 」 は未だに強烈に脳裏に残っております。アルトゥールさん のブログを読み、久し振りに昔読んだ、経済小説を思い出したものですから・・・
 どうも失礼致しました。
2007年11月10日 12:45
my favorite storiesさん、お久しぶりです!
コメント有難うございます。

「トップ・レフト」、スリル満点でとにかく面白かったです。
「アジアの隼」(祥伝社文庫)という黒木亮の別の小説も早速
購入したほどです。
高杉良「金融腐蝕列島」は面白かったですか。私は実は「小説
巨大証券」は読んだのですが、「金融腐蝕列島」はまだなので
これも要チェックですね。

今日は1日雨なので、午後は、息子の小学校に図工の作品展を
見に行き、簡単な仕事を片付け、後は読書をして過ごすつもり
です。「アジアの隼」と桐野夏生さんの「柔らかな頬」という
小説を読もうと思っています。
my favorite stories
2007年11月10日 18:47
 アルトゥールさん、又々お邪魔します。今日は雨。久し振りに女房殿の運転手にならなくてすみました。1日中家で寛いで、夕方から少し飲んでいます。
 「金融腐蝕列島 呪縛」を読んだのは転職して10年以上経た後だったものですから、経済から疎くなり、当時流行語にまでなった、<ノーパンシャブシャブ> の店が、トップバンクの管理職と官庁の管理職に、このように使われていたのか、いうことを初めて知りました。
 「 金融腐蝕列島 」、面白いです。義父と側近のOBが支配する行内に於いて反旗を翻す、義理の息子 北野 とその仲間の中間管理職たち・・・
 現代版、守屋旧役人の神様、山田洋行、日本ミライズ・・・といくらか共通なところも・・・
 でも私は「 燃ゆるとき 」 が好きです。東洋水産の 森社長 の誠実な努力をドキュメンタリータッチで書いたものですが、読んでいて、作業着と長靴を履いて仕事に取り組む、森和夫社長 をイメージしたものです。
 今日は暇でゆっくりのんびりしていたものですから、早くから飲み始めてしまいました。
 ごめん下さい。これからも共通の話題を、お話ししたいですね。
2007年11月10日 19:21
my favorite storiesさん、再度のコメント有難うございます。

貴コメントを読んで、「金融腐蝕列島」も是非読んでみようと
いう気になりました。日本の官と民の付き合いのあり方は小泉
政権の許で大きく変化したと聞きますが、守屋氏の事件を聞く
と「またか…」という気持ちになります。「燃ゆるとき」とい
う小説はこれまでノーマークでした。
但し今日は、つい先程まで、経済小説ではなく、桐野夏生さん
の「柔らかな頬」という小説にはまっていました。
私は今日はこれから、通塾中の息子を迎えに行かなければなら
ず、まだ酒は飲めません(笑)。雨の中電車に乗って塾に通っ
ている息子のことを考えれば、大した問題ではありませんが。

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