村上春樹『1Q84』(新潮社)

村上春樹『1Q84』BOOK1とBOOK2(新潮社)を読み終えた。2巻合わせて1000頁近い大作である。だが、親しみやすい語り口と、たいへん面白く、しかしたいへん深い内容で、ぐいぐい引きこまれてしまった。仕事からの帰宅後はもちろん、電車の中でも読みふけり、1週間で読み終えることができた。

ぼくは村上春樹のファンではないと思う。1988年に出て大ベストセラーになった『ノルウェイの森』は読んだが、それ以降は90年代半ばの大作『ねじまき鳥クロニクル』を例外として村上春樹はあまり読まないでいた。その間も『アフターダーク』という短めの長編や、『神の子どもたちはみな踊る』『東京奇譚集』のような短編集は読んでいたが、『ダンス・ダンス・ダンス』『スプートニクの恋人』『海辺のカフカ』のような長編は今まで読まずじまいできた。仕事が忙しかったのと、長編に挑戦にしようという精神的余裕がなかったのだ。

そういうわけで、この『1Q84』は約20年ぶりに腰を据えて読んだ村上春樹の長編だということになる。
読み終えてぼくは、茫然自失の状態になってしまった。

これは大変な傑作ではないだろうか。

ぼくはこれまで、近代日本文学をそれほどたくさん読んではいない。だが夏目漱石『こころ』、谷崎潤一郎『細雪』、太宰治『人間失格』、三島由紀夫『金閣寺』のような一般に名作とされる作品は読んだことはある。
だが、『1Q84』は、これらぼくが読んだことがあるどの作品をもはるかに上回る大傑作ではないだろうか。
テーマの深刻性とか、作品が読者に投げかけるメッセージの重さといった点で、『1Q84』は上記の諸作品をはるかに凌駕している。
描写の点でも上記諸作品に劣るわけではない。

『1Q84』はBOOK1、2とも24章からなる。そしてBOOK1、2とも、奇数章は「青豆」という29歳の女性、偶数章は「天吾」というやはり29歳の男性が主人公となっている。青豆が主人公のストーリーと天吾が主人公のストーリーが時間を同じくしてパラレルに進行するという構成になっている。なおこの点は、バッハの「平均律クラヴィーア曲集」第1巻、第2巻がともに24曲構成であることにならったものらしい。
時代設定は、題名の通り1984年である。

青豆はマーシャル・アーツのインストラクターをするクールでタフな女性である。時々富裕な老婦人に依頼されて殺し屋の仕事をしている。
一方の天吾は、予備校の数学教師をしながら小説家をめざしている、一見平凡な男性である。

天吾はある時、小松という雑誌編集者から「ふかえり」という17歳の少女が執筆した『空気さなぎ』という小説のリライトを依頼される。『空気さなぎ』は読者を惹きつけるものがあるが、文章力が拙いという理由からだ。天吾がこれを引き受けたあたりから、物語は急展開していく。

青豆を主人公とする奇数章と天吾を主人公とする偶数章は、最初にうちは何の関係もないようだ。
しかし、この両者はやがて交錯していく。その交錯の仕方が絶妙で、読者をドキドキさせるものがある。最初の交錯は、物語の3年前の1981に起きた警察と過激派の銃撃戦という思いがけないものだった。やがて「リトル・ピープル」という謎の言葉や、月が2つ存在することをめぐって交錯の度合いを深めるが、完全に交錯することはない。

これ以上は礼儀として書かないが、この『1Q84』は多くの謎を残したまま、終わりを迎える。たとえば、天吾の本当の父親は誰なのか、母親はどうなったのか、青豆は最後の最後、さっそうとしたスーツを着て現れるが、彼女はそのような服を持っていなかったはずではなかったか、というような謎だ。

しかし最大の謎は、「リトル・ピーピル」とは何ものか、だろう。
ぼくの考えを述べさせてもらうと、現代または過去の世の中そのものがリトル・ピープルだ。昨今の世の中の暴力性(戦争やテロや凶悪犯罪や家庭内暴力だけでなく、環境破壊とか金儲け至上主義とか昨年からの大不況も、暴力に満ちたものだ)を考えると、そうとしか考えられない。
そして、こうしたリトル・ピープルに対抗することができるのは、文学と純愛だという作者のメッセージを秘めた小説だと考えることができるのではないだろうか。

しかしこういった問題にどのような回答を与えるかは、読者次第だろう。
さらにこの小説からいくつの、どのような謎を感じるかも読者次第だろう。
そういう意味では、本書は読者に向かって開かれた小説だといえるだろう。

ともかく本書を読んで、久しぶりに大変な小説に巡りあったという感想を抱いた。
続編・BOOK3は登場するのだろうか? それは村上春樹が、BOOK2までで提起した問題をどのように解答を与え、あるいは深化させることができるか、村上春樹自身にかかっているのではないだろうか。

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  • 『1Q84』村上春樹

    Excerpt: 青豆と天吾が、失われた過去を取り戻そうとする話。 ビッグブラザーはもういない。 社会が一つの方向に向かって動くことが難しくなると、多様なコミュニティがとルールが生まれる。 それは家族.. Weblog: CHAOS(カオス) racked: 2009-06-28 23:15