桐野夏生『IN』(集英社)

この週末に桐野夏生『IN』(集英社)という本を読み終えた。桐野夏生さんはぼくの好きな作家だが、ここ1年以上読んでいなかった。

本書は鈴木タマキという女性作家が主人公になっている。タマキが、7年間も不倫関係にあったかつての愛人の編集者・阿部青司と再会するところから物語は始まる。
タマキは、既に亡くなっている有名作家・緑川未来男の『無垢人』という作品に興味を持っている。『無垢人』というのは、作者・緑川の私小説というべき作品で、緑川とその妻・千代子、愛人・○子の3人の間の激しい愛憎をそのまま小説にしたものである。タマキは、○子の正体を探り当て、○子を主人公にした小説『淫』という小説を書こうとしている。

タマキが編集者とともに、○子とは誰なのかを探すため、少女時代に緑川に愛されたという石川茂斗子、ある人物が○子の正体だと名指した作家・三浦弓実が師事していた村上禎子の娘・江波静子、そして『無垢人』の中で数々の修羅場を演じる緑川千代子に、それぞれインタビューに赴く。
その中で、こうした人物が亡くなった緑川や弓実に抱いている複雑な思いが明らかにされる。

それと同時に、この桐野夏生の小説『IN』では、タマキがかつて阿部青司と愛人関係にあった日々の回想と、現在の青司への複雑な感情が同時並行的に語られ、それに加えて作中作としての『無垢人』が随所に登場する。

こうした複雑な構成を取っている本書『IN』だが、事件的な出来事は何も発生しない。それでいて、桐野さんらしい女性の陰湿さ・執念深さのような側面がまざまざと伝わってきて、たいへんリアルだ。
タマキを含む恋愛に破れた女性たちの、どこまでが現実でどこまでが幻想なのか分からない情念のようなものは、読んでいてぞっとさせられるものがある。

桐野さんは1998年に『OUT』という小説を書いている(本ブログで取り上げたこともある)。本書の題名『IN』はOUTと対をなす言葉だ。
『OUT』は、弁当工場で働く4人の主婦が家庭という檻を破って脱出する、すなわちOUTするというテーマだった。本書『IN』は、いつまでも経っても自分が過去に経験した恋愛から脱出できず、恋愛の真実と幻想に囚われていく、すなわちINする、という意味なのだろう。

その読後感は、『OUT』と反対に、暗くて重い。
だが女性たちのディープな心理を描いた、桐野さんらしい秀作だと思う。





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