ケンプのシューベルト「ピアノ・ソナタ第19番」

今日の東京は昨日から急に気温が下がり、冬の到来がそう遠くないことが告げられたような1日でした。
今日はウィルヘルム・ケンプの演奏するシューベルトの「ピアノ・ソナタ第19番ハ短調D958」を聴きました。1968年11月のDGへの録音です。

ベートーヴェンのピアノ・ソナタ第30番から32番まで、すなわち作品109から111までの3曲は、日本では「後期3大ソナタ」と呼ばれています。ところがシューベルトのピアノ・ソナタ第19番から21番までは、ベートーヴェンの後期3大ピアノ・ソナタと同様作品番号がD958から960まで続いており、同時期に作曲されたにもかかわらず、ぼくの知る限り「3大ピアノソナタ」のような呼ばれ方をしていないように思います。
その理由は、今日聴いたピアノソナタ第19番が今一つ人気がないせいではないでしょうか。
しかしピアノ・ソナタ第19番は、特に第4楽章が非常に魅力を持った、隠れた(?)名曲のように思います。

第1楽章は、ハ短調の調性にふさわしくダイナミックで悲劇的な楽章です。
第2楽章は緩徐楽章ですが、シューベルトらしい夢を見るように美しい、歌謡的な旋律に溢れています。しかしその中にも、晩年のシューベルトの悲しみ・苦しみが流れているように思います。
第3楽章は、スケルツォですが、何か胸を締め付けられるような気持ちにさせられます。
第4楽章は、ジプシー風の旋律の非常に魅力的な楽章です。これは演奏しているのがケンプだからなのかもしれません。それほどここでのケンプの演奏はすばらしいのです。

第4楽章でケンプはゆっくり目のテンポで、テンポを自在に伸縮させ、ペダルも好きたい放題に踏みます。そこから生み出される演奏はまさしくケンプ節。ケンプ以外のピアニストからがぜったい聴くことのできない、絶妙の歌い回しを聴かせてくれます。鍵盤に没我の境地で向かっている老年のケンプの姿が思い浮かぶような気がします。

シューベルト自身がこの演奏を聴いたら驚嘆するのではないでしょうか。あるいはケンプは、シューベルトの創った曲の性格を変えてしまったのかもしれません。ぼくはケンプのこの第4楽章を聴いて以来、実演を含め、他のどのピアニストの第4楽章を聴いても満足できなくなりました。それどころか、日常の何気ない瞬間に、ケンプのこの楽章の演奏が頭の中をよぎることさえあります。

第4楽章ばかりの話になりましたが、他の楽章でのケンプももちろんすばらしいものです。よく指摘されるテクニックの問題はありますが、些細な問題などどうでもよいくらいすばらしい演奏だと思います。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 1

なるほど(納得、参考になった、ヘー)

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック