川上未映子『ヘヴン』(講談社)

この正月に川上未映子『ヘヴン』(講談社)という小説を読み終えた。ぐいぐいと惹き込まれる内容で、元旦の1日で読み終えることができた。
著者の川上さんは1976年生まれ、2008年『乳と卵』で第138回芥川賞を受賞したとのこと。ぼくは『乳と卵』を読んでおらず、『ヘヴン』が川上さんの初体験だった。

主人公の「僕」は中学2年生。学校でひどい苛めを受けている。
同じクラスに「コジマ」という、やはり苛めを受けている女子生徒がいる。「僕」は斜視が原因で、「コジマ」が服装が汚いことが原因で苛められるのだろうと本人たちは思っているが、実際はよくわからない。「僕」と「コジマ」は文通を始め、次第に友情、そしておそらくは恋愛が育まれていく。

これだけだと普通のストーリーに見えるが、「僕」の受ける苛めの描写は非常にリアルで残酷なものだ。読者は胸が痛くなるだろう。

その上、作者は重い問いを投げかける。

「コジマ」は「僕」に向かってこんなことを言う。

「君もわたしも、弱いからされるままになっているじゃないんだよ。あいつらの言いなりになってただ従っているわけじゃないの。最初はそうだったのかもしれないけれど、わたしたちはただ従っているだけじゃないんだよ。受け入れているのよ。自分たちの目のまえでいったいなにが起こっているのか、それをきちんと理解して、わたしたちはそれを受け入れているんだよ。強いか弱いかで言ったら、それはむしろ強さがないとできないことなんだよ。」

他方、苛める側の男子生徒の1人である百瀬という生徒は、「僕」に対してこんなことを言う。

「君の苛めに関することだけじゃなくて、たまたまじゃないことなんてこの世界にあるか? ないと思うよ? もちろんあとから理由はいくらでも見つけることができるし、説明することだってできる。でもことのはじまりはなんだって、いつだって、たまたまでしかないよ。君が生まれてきたのだってたまたまのことだ。もちろん僕が生まれてきたのだってたまたまのことだ。僕と君がいあわせたのだってたまたまのことだ。ただその中でもけいこうみたいのはあってさ、たまたまそのときにやりたいことっていうのがでてくるじゃないか。欲求っていうのかな、そういうのがたまたまでてくるだろ? 誰かを殴りたいとか誰かを蹴りたいとかさ、そういうたまたまでてきた欲求が、たまたまうまくいく場合があるの。君が置かれている状況っていうのは、そういうたまたまが一致した、単なるけっかなんだと思うよ」

すぐに分かるが、「コジマ」の思想がヒューマニズムだとすれば、百瀬の思想はニヒリズムだ。両者は全く相容れない。
「僕」は、全く「コジマ」に同調することもできず、次第に混乱していく。
両者の思想の対決となるクライマックスの描写は圧倒的だ。もちろん、ハッピーエンドは訪れない。

ところで、「コジマ」の思想と百瀬の思想だが、どこか百瀬の方に説得力がないだろうか。これは、ぼく(このブログを書いている本人です)が50才近い年齢で、世の中の不条理をいろいろ実体験したり見聞したりしてきたからそう思うのかもしれない。また単にぼくの性格が悪いのかもしれない。

少年少女が主人公で、苛めが主題にした小説はいろいろあると思うが、本作は、描写のリアルさと、問いの重さの点で、出色の作品だと思う。





ヘヴン
講談社
川上 未映子

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