ナオミ・クライン『ショック・ドクトリン』(岩波書店)

ナオミ・クライン(幾島幸子・村上由見子訳)『ショック・ドクトリン 上・下』(岩波書店)という本を読み終えた。
著者のクライン氏は1970年、カナダ生まれのジャーナリストで、反グローバリゼーションの立場から活動を続けているという。
本書は上・下で約700頁という大作で、かつ大変な力作である。

一言でいうと、ミルトン・フリードマン(1912ー2006、ノーベル経済学賞受賞)を教祖とするシカゴ学派の経済学者たちが、米国の産官軍と一体となって、 チリ、アルゼンチン、ボリビア、イギリス、ポーランド、中国、南アフリカ、ロシア、アメリカ(同時多発テロ以降)、 イラク、スリランカ、イスラエル等の各国で、自らが信奉する新自由主義=市場原理主義の経済体制を実現しようとした野望 の経緯を描いたドキュメントである。

この際、クーデター(チリ)、国内の混乱(中国)、国家体制の転換(ポーランド、南アフリカ、ロシア)、 テロ(アメリカ)、自然災害(スリランカ、ハリケーン後のアメリカ)等の大事件が、市場原理主義実現のための チャンスとして捉えられた。イラクのように産官軍の複合体が勝手に他国の国内体制を破壊した例もある。
著者のクライン氏はこれを「惨事便乗型資本主義」(Disaster Capitalism)と呼ぶ。

どうしてかというと、シカゴ学派の理想とする徹底した市場原理主義の経済は、国家体制が平穏な状態のままではなかなか実現できない。国家にクーデターなどの惨事が起きた時こそが、一気に市場原理主義を実現するチャンスなのだ。

シカゴ学派と米国の産官軍が共謀して市場原理主義を導入しようとしたチリをはじめとする各国では、殺人、暴力、拷問、略奪、搾取などがその手段として用いられ、何万人という国民が犠牲になった。
また惨事便乗型資本主義が実行された結果、ごく一部の国民は富裕になったものの、大多数の国民は所得が減少し、失業率が激増するなど、多くの国民は、それ以前より困窮した生活を強いられることになったという。

ロシアで惨事便乗型資本主義が実行された結果、困窮したユダヤ系ロシア人が多数イスラエルに移住することになり、そのせいでイスラエル企業はパレスチナ人を雇用する必要がなくなったこと、またイスラエルに移住したユダヤ系ロシア人の中には先端技術を持つ者が多く、彼らのせいでイスラエルではセキュリティー産業が発達し、イスラエル経済は戦争やテロが起きるとかえって繁栄するという仕組みになり、そのことが中東和平を妨げている、という指摘は、ぼくの知る限り日本のメディアで報道されない点で、個人的に印象に残った。

本書は1970年以降現代に至る40年間の世界の裏面史として読むことができる。
著者ナオミ・クライン氏が本書を完成するのに要した膨大な取材・調査については、敬服せざるをえない。
また本書は翻訳が読みやすく、非常にすぐれている。
内容が興味津々なこともあって、上・下巻合わせて700頁近い大著ながら、通読するのにあまり苦労しなかった。

昨年朝日新聞で、2000年代の最初の10年間に出版されたすぐれた書籍を識者が選ぶ識者という企画を読んだことがある。
ランキング1位はジャレド・ダイアモンド『銃・病原菌・鉄』(草思社)だった(2位は村上春樹『海辺のカフカ』)。
もし10年後に、2010年代のすぐれた書籍を選ぶ企画がなされたら、本書『ショック・ドクトリン』は当然上位に入るだろう。
それくらいの力作・傑作だ。


追記 11月5日(土)の各紙朝刊で、イタリアが債務危機を理由にIMF(国際通貨基金)の監視下に入ることが報じられた。
本書『ショック・ドクトリン』を読んでいれば、このことが何を意味するのかは自明であろう。
おそらくイタリアは、IMFから政府支出の削減、規制緩和、民営化を中心とした政策(ナオミ・クライン氏のいう「ショック・ドクトリン」である)を押しつけられ、失業率の激増、インフレの激化といった国民を苦しめる結果を招くだろう。

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