バーンスタインのチャイコフスキー「交響曲第6番『悲愴』」

今日の東京は冬晴れの晴天でした。先週は非常に寒い日が続き、今年の冬は厳冬かもしれないと思ったりしたのですが、今日は気温もあまり低くなく、冬も一段落というよう

今日は、チャイコフスキーの交響曲第6番「悲愴」を聴きました。
演奏はレナード・バーンスタイン指揮ニューヨーク・フィルハーモニック、録音は1986年8月16日です。バーンスタイン晩年のDGへの録音です。

実はぼくはチェイコフスキーという作曲家自体があまり好みでなく、チャイコフスキーの交響曲はあまり聴きません。カラヤン指揮ベルリン・フィルが70年代にDGに録音した全集は持っていますが、それなどは数年に1回しか聴いていないように思います。
今日聴いた「悲愴交響曲」は名曲中の名曲として有名な曲ですが、これも1年に1回くらいしか聴かないように思います。

ところで悲愴交響曲を聴くのにふさわしい季節は、今日のような冬ではないでしょうか。
ロシア的な哀愁、情感といったものを前面に押し出したこの曲は、冬の寒い時期に聴くのがふさわしいように思うのです。

ところで今日聴いたバーンスタイン盤は非常に特異な演奏です。
それは各楽章のタイムは見れば一目瞭然です。
すなわちバーンスタイン盤のタイムは、22分32秒/8分30秒/9分51秒/17分9秒となっています。
上記のカラヤンの70年代の録音が、18分22秒/9分2秒/8分26秒/9分53秒ですから、バーンスタイン盤が第1楽章、第4楽章でいかにスローテンポであるかが分かります。特に第4楽章はカラヤン盤の2倍近くかかっているのは、異様な感がします。

これら両端楽章は、作曲者チャイコフスキーの苦悩や不安、絶望感が全面に押し出された、文字通り「悲愴」な楽章ですから、本バーンスタイン盤は本曲が「悲愴」交響曲であることを強調した演奏だと言えます。
しかもただ遅いだけではなくて、バーンスタイン流の感情移入、デフィルメがなされているので、これら両端楽章を聴いていると、チャイコフスキーの苦悩や絶望感が伝わってきて、何ともやるせない気持ちになってきます。
たいへん主情的な、「悲愴」性を極限まで強調した演奏だと思います。
これに対して、第2、第3楽章は意外に普通の演奏で、特に苦悩に満ちた第1楽章を聴いた後に平穏に演奏された第2楽章を聴くと、ホッとした気持ちになります。

これが最高の演奏なのかどうか、例えば上記のカラヤン盤との優劣はどうなのか、それは聴く人次第ですが、ぼく個人はこのバーンスタイン盤に大いにシンパシーを感じます。

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