ブレンデルのシューベルト「ピアノ・ソナタ第17番D850

今日の東京は夏のように暑い1日でした。今日の1曲は、シューベルトのピアノ・ソナタ第17番ニ長調D850です。演奏はアルフレート・ブレンデル(p)の1987年9月の録音です。

本曲は管理人がたいへん愛好している曲です。シューベルトの全てのピアノ・ソナタの中で管理人が最も好きなのが、本曲と第18番D894なのです。本曲の夢を見ているような歌謡的な旋律美は、シューベルト以外の作曲家からは得られない全く独自のものです。
ただ本曲はクラウディオ・アラウ、マウリツィオ・ポリーニ、ラドゥ・ルプーのような、かなりの数のシューベルトのピアノ・ソナタの録音を残しているピアニストが録音を残していません。ウィルヘルム・ケンプやアンドラーシュ・シフのようなソナタ全曲を録音しているピアニスト、またはブレンデルや内田光子のような13番以降の全曲を録音しているピアニストのみの録音でしか聴くことができない状況です。実演で聴く機会もあまりないように思います。本曲は、プロのピアニストにあまり評価されていない曲なのかもしれません。

しかし数年前、作家の村上春樹さんの『意味がなければスイングはない』(文春文庫)という音楽評論を読んでいて、村上さんがシューベルトの全てのピアノ・ソナタの中で本曲を最も愛好しておられることが分かり、同好の士にめぐり合ったような気持ちになりました。村上さんは、故・吉田秀和翁が本曲について述べた「心の中からほとばしり出る『精神的な力』がそのまま音楽になったような曲」という言葉を引用して次のように述べておられます。

「心の中からほとばしり出る『精神的な力』がそのまま音楽になったような曲ーーまさにそのとおりだ。このニ長調のソナタはたしかに、一般的な意味合いでの名曲ではない。構築は甘いし、全体の意味が見えにくいし、とりとめなく長すぎる。しかしそこには、そのような瑕疵を補ってあまりある、奥深い精神の率直なほとばしりがある。そのほとばしりが、作曲者にもうまく統御できないまま、パイプの漏水のようにあちこちで勝手に漏出し、ソナタというシステムの統合性を崩してしまっているわけだ。しかし逆説的に言えば、ニ長調のソナタはまさにそのような身も世もない崩れ方によって、世界の『裏を叩きまくる』ような、独自の普遍性を獲得しているような気がする。」(上掲書75頁)

確かに本曲は、構築性が弱く冗長な感があります。その一方で確かに、「奥深い精神のほとばしり」が感じられるのです。そしてそれが何とも美しいメロディの形をとって現れるところにシューベルトの独自性があるのではないでしょうか。

本曲は急・緩・急・急の4楽章構成を取ります。第1楽章はまさに冗長で構成性が弱く、少々インスピレーションに欠けるのではないか、とさえ思います。
しかし第2楽章の美しさはどうでしょうか。思わずハッとするような絶美です。野原に数々の花が咲き乱れているのを見るかのようです。まさに「奥深い精神の率直なほとばしり」です。
第3楽章はスケルツォにしては長く、構成が甘いのかもしれませんが、リズミカルな上メロディのが美しく、「リズムとメロディの理想的な両立・調和」とでも言うようなものが感じられます。
第4楽章も極めて美しく、飄々とした軽妙さ、ユーモアさえ感じられます。この楽章などにもシューベルトの純朴な精神が見て取れるのではないでしょうか。

ブレンデルの演奏ですが、彼はシューベルトの13番以降のピアノ・ソナタを2回にわたって録音しており、今日聴いたのはその2回目の録音ということになります。
村上さんは本曲について、これまでに何と15種類の録音を購入されたらしく、上掲の音楽評論を執筆するにあたりその全てを聴き返したということです。そして、ユージン・イストミン、ヴァルター・クリーン、クリフォード・カーゾン、レイフ・オヴェ・アンスネスの演奏を評価しておられます。
ブレンデル盤については、アシュケナージ盤とともに酷評しておられます。楽章と楽章のつながりが悪いという欠陥があるとのことです。ブレンデル盤について、音楽の文脈に説得力がなく、「四つの楽章を通して聴いてみて、結局あとに残るのは品の良い、知的な退屈さだ。」(上掲書86頁)ということです。

しかし管理人は、ここのところは賛成することはできません。確かに知性が勝った演奏なのかもしれませんが、隅々まで考え抜かれコントロールされた、デリケートな美しさに溢れた上品な演奏だと思います。
村上さんは即興を重んじるジャズをお好みため、ブレンデルのような知的なアプローチ好まれないのではないかと推察しますが、管理人は上品で繊細な名演だと感じるのです。

追記 本曲については、過去にケンプ盤の記事を書いたことがあります。その時の記事を自己トラックバックします。


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    Excerpt: シューベルトのピアノ・ソナタ第17番ニ長調D850。この曲はシューベルトのピアノ・ソナタの中でも今ひとつ注目されていないのではないでしょうか。 ウィルヘルム・ケンプのようにシューベルトのピアノ・.. Weblog: クラシック音楽のある毎日 racked: 2018-10-30 22:13