マズアのブルックナー「交響曲第3番」

今日の東京は典型的な冬晴れの1日でした。
今日はブルックナーの交響曲第3番を聴きました。演奏は、クルト・マズア指揮ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団です。1978年1月の録音です。レーベルは、今日聴いたCDはオイロディスク(eurodisc)
と表示がありますが、初出時は異なるレーベルだったのではないでしょうか。

ブルックナーの交響曲は、1番・2番はあまり人気がなく、3番が最初の傑作のように考えられているように思います。個人的には、第4楽章の盛り上がり以外今一つ聴かせどころのない曲のように思います。
しかし管理人のようなブルックナー・ファンにとっては、そんなことはどうでもよいことです。聴かせどころがあろうがなかろうが、人気があろうがなかろうが、ブルックナーの音楽を聴いているだけで幸せな気持ちになれるのです。
ブルックナーのスケールの大きい、それでいて身近さの感じられる音楽、美しく深淵で、それでいてバカバカしさの感じられる音楽、要するに全てが存在する、全てを包み込んでくれるような音楽を聴いているだけで、満足できるのです。1番(実はそれ以前の0番も)から最後の9番まで、変わりのないことです。もちろん今日の第3番もそうです。

マズア指揮ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の演奏は、やや早めのテンポで、ブルックナーの楽譜に書いてあることに何も加えず何も引かず、そのまま忠実に表現したような演奏です。私心の一切感じられない演奏です。当時のゲヴァントハウス管弦楽団の、ドイツの伝統オーケストラらしい素朴で質実剛健な音色はブルックナーと全く適合しているように思います。

マズアというと、日本では個性の乏しい平凡な指揮者だと思われているようですが、それは的外れな評価だと思わざるを得ません。彼は個性がないのではなく、個性を出そうとしないのです。自らの個性を出さずに、曲の良さ、オーケストラの良さをそのまま表現しようとしているのです。
また本録音が行われた1978年というのはベルリンの壁の崩壊の前で、世界のインターナショナル化が急激に進展する前です。当時、東ドイツのゲヴァントハウス管弦楽団とかシュターツカペレ・ドレスデンには、西ドイツのベルリン・フィルやバイエルン放送響と異なる、ドイツの伝統的な素朴で重厚な音色が残っていたように思います。管理人は1970年代から80年代にかけてのこれら旧東ドイツのオーケストラが好きです。マズア/ゲヴァントハウス管弦楽団の演奏は、ブロムシュテット/シュターツカペレ・ドレスデン、スウィトナー/シュターツカペレ・ベルリンと並び、平素よく聴いています。
管理人は本録音を聴いて、ブルックナーだけでなく、往年のゲヴァントハウス・サウンドを楽しむことができ、まさに一石二鳥でした。
1989年にベルリンの壁が崩壊し(もちろんそれは大半の旧東ドイツ国民にとって良い出来事であったわけですが)、世界にグローバリズムの波が押し寄せ、世界のどこのオーケストラも均質化が進みました。現在では、昔のゲヴァントハウス・サウンドもドレスデン・サウンドも失われたと言って過言ではありません。これはグローバリズムの負の側面であり、本当に残念なことです。


追記 本曲については、過去にバレンボイム/ベルリン・フィル盤の記事を書いたことがあるので、その時の記事を自己トラックバックします。

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