ゲルネ/エッシェンバッハのシューベルト「白鳥の歌」

今日の東京は冬晴れの1日でした。管理人は妻と共に自宅近くの池袋でランチに出かけ、デパートでウィンドウショッピングを楽しみました。

今日の1曲は、マティアス・ゲルネ(Br)とクリストフ・エッシェンバッハ(p)のシューベルト「白鳥の歌」です。管理人はHarmonia Mundi Franceのゲルネのシューベルト歌曲のボックス12枚組を持っているのですが、その中に収録されていたものです。録音年代はライナーノートには2007年から2012年までの間と記載されているだけで、正確な日・場所の記載はないように思います。
ゲルネの「白鳥の歌」はブレンデルの伴奏での2000年代前半の録音もあり、本録音は少なくとも2回目ということになります。

さて「白鳥の歌」は同じシューベルトの「美しき水車小屋の娘」「冬の旅」と異なり、シューベルト自身が連作歌曲集として構想したものでなく、シューベルトの死後ウィーンの楽譜出版業者ハースリンガーが遺された歌曲をまとめて連作歌曲集として出版したものです。全部で14曲から成り、「愛の使い」から「別れ」までの最初の7曲がレルシュタープの詩(この中には、シューベルトの全ての歌曲の中で一、二の名曲というべき「セレナーデ」が含まれています)、次の「アトラス」から「影法師」までの6曲がハイネの詩、最後の「鳩の便り」がザイデルの詩によるものです。
上述のようなシューベルト自身の意図ではないという楽譜成立の事情、特にハイネの詩による暗く深刻な歌曲が続いた後に明るく軽やかな「鳩の便り」が来ることの唐突感から、最近は歌手によって、曲の順序を自分の考えに従って変えたり、オリジナルの14曲以外の歌曲を入れて、構成し直す歌手も少なくないと聞きます。本CDでのゲルネも、6曲目にレルシュタープの詩による「秋」D945という曲(余談ですが、この「秋」は名曲です)を入れてレルシュタープの詩による曲を8曲に増やし、全部で、従来より1曲多い15曲の歌曲集として構成しています。

このように「白鳥の歌」はレルシュタープ歌曲が8曲(従来は7曲)、ハイネ歌曲が6曲、そして最後に異色の「鳩の便り」が続くわけですが、聴いていると、レルシュタープ歌曲は若者らしい憧憬と抒情性の豊かな歌曲が多く、ハイネ歌曲に暗く深刻な歌曲が多いことが分かります。特に第12曲以降「都会」「海辺にて」「影法師」と深刻な歌曲が続き、特に「影法師」で絶望的な愛の苦しみが歌われた後、「鳩の便り」が続くと、管理人はホッとします。「鳩の便り」が苦悩の上に到達した天上の音楽のように聞こえるのです。ハースリンガーの手になる従来の曲順のままでいいような気がするのです。

ゲルネは管理人が最近魅力を感じているバリトン歌手です。彼の声質は、戦後の日本でシューベルト歌手として人気を二分したディートリヒ・フィッシャー=ディースカウとハンス・ホッターを足して2で割ったようなものです。すなわちビロードのように柔らかく華麗なディースカウと、暗く深く重くそして温もりのあるホッターを足して2で割ったような声です。ディースカウよりは暗く重いのですが、ホッターほどではないのです。
シューベルト歌曲の中に存在する、暗く、途方もないくらい深い側面を歌うのに適した声質だと思います。Harmonia Mundi Franceのゲルネのシューベルトのボックスには多くの名唱が含まれており、管理人は往年のフィッシャー=ディースカウとはまた別の魅力感じています。ゲルネは他に、ブラームス歌曲にも適合性があるように思うのですが…。
今日聴いた「白鳥の歌」では、特に後半のハイネ歌曲に彼の声の特質が生かされています。詩人の内面に入り込んだ、見事な掘り下げの歌唱です。
また本録音ではエッシェンバッハの伴奏が素晴らしいものです。今ではすっかり指揮者としての活動が大半になったエッシェンバッハですが、若い時代にはシューベルトやモーツァルトのピアノ作品でフレッシュでナイーブな演奏を聴かせていました。本録音では極めて鋭敏でナイーブな伴奏を付けています。本録音は、管理人がこれまで聴いた「白鳥の歌」の全ての録音の中で3本の指に入れたいほどの名演だと思いますが、それはエッシェンバッハの伴奏の果たした要因が大きいと思います。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック