クレーメル/アルゲリッチのシューマン「ヴァイオリン・ソナタ第1、2番」

今日の東京は昨日に続いて爽やかな1日でした。湿度は低く、今日のような気候が1年間続いてほしいと思うような好天気でした。

今日はギドン・クレーメル(vn)とマルタ・アルゲリッチ(p)の演奏するシューマンのヴァイオリン・ソナタ第1番イ短調作品105と第2番ニ短調作品121を聴きました。1985年11月のDGへの録音です。

シューマン(1810-1856)は生涯に3曲のヴァイオリン・ソナタを作曲していますが、第1番と第2番が1851年、第3番が1853年という、いずれも晩年の作品です。第3番は、シューマン自身とアルベルト・ディートリヒ、ブラームスの3人による共作であるF・A・Eソナタと呼ばれる作品を原曲にしているという特殊性があるためか、本クレーメル/アルゲリッチによるシューマンのヴァイオリン・ソナタ集には含まれていません。

さてシューマンのヴァイオリン・ソナタ第1番と第2番ですが、前者は3楽章構成、後者は4楽章構成を取ります。内容はまさにシューマニアーナの世界です。とりわけ両曲の第1楽章では、情熱、ロマンティシズム、何ものかへの憧憬、心優しさ、幻想性といった要素が奔流のように渦巻いています。
それだけではありません。第2番の緩徐楽章に当たる第3楽章は、変奏曲形式で書かれ、デリケートでハッとするような美しさです。また第2番の第4楽章の情熱みなぎる高揚感は、相当な傑作であると思います。
ライナーノート(藤田由之)によると、シューマンは第1番の出来に満足できず、第1番完成後すぐに第2番の作曲に着手したとのことです。確かに両曲を比較すると第2番の方が優れていますが、第1番が凡作というわけではないと思います。

しかしシューマンのヴァイオリン・ソナタは、録音に恵まれず、2000年頃は本クレーメル/アルゲリッチ盤と、DENONのカントロフ/プラネス盤が目につく程度だったように思います。ここ20年くらいの間に、日本の漆原朝子さんを含むヴァイオリニストが、大レーベルとは言えないレーベルに録音するようになったのではないでしょうか。しかし往年のD・オイストラフやスターンやシェリング、現役ではムターやムローヴァのようにビッグネームでシューマンのヴァイオリン・ソナタを録音せずにいるヴァイオリニストは少なくありません。これはどのような理由によるのでしょうか。
管理人自身は、本クレーメル/アルゲリッチ盤のほか、エラートのシューマン室内楽全集に含まれているムイエール/ユボー盤を持っているだけです。

本クレーメル/アルゲリッチ盤ですが、1985年という録音時期からみて両者の共演が始まった初期の頃の録音と思われます。
美しく華やかな旋律楽器であるはずのヴァイオリンの性格に背を向け、歌おうとせず曲の本質に切れ込もうというクレーメルの演奏スタイルは、シューマンのヴァイオリン・ソナタに適しているように思います。本曲が旋律美ではなくロマン的感情を直接楽譜で表現したような曲だからです。アルゲリッチもシューマンに適性を見せるピアニストであり、ここでは個性の強い両者の共演はうまく行っているように思います。シューマン独自のロマンティシズムが、白熱して表面に現れ出る結果になっています。
クレーメルとアルゲリッチの共演は、ベートーヴェンではアンサンブルとして疑問を感じさせるものでしたが、本シューマンとプロコフィエフは成功した例だと思います。
クレーメル/アルゲリッチに限らず、個性の強い大物ソリスト同士の共演というものは、うまく行かないケースが多いものですが、曲の性格によっては成功するもある、という好例ではないでしょうか。

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