樋口陽一『リベラル・デモクラシーの現在』(岩波新書)

リベラル・デモクラシーの現在: 「ネオリベラル」と「イリベラル」のはざまで (岩波新書 新赤版 1817)
リベラル・デモクラシーの現在: 「ネオリベラル」と「イリベラル」のはざまで (岩波新書 新赤版 1817)
樋口陽一『リベラル・デモクラシーの現在』(岩波新書)という本を読み終えた。
本書は2019年12月20日の新刊である。
著者の樋口先生は、東北大学、パリ第二大学、東京大学、上智大学、早稲田大学で教授を歴任された憲法学の泰斗である。
管理人は1980年代の初め、大学で樋口先生の憲法の講義を聴講した。非常に充実した、良い講義だったという思い出がある。その思い出があるので、大学卒業後も樋口先生の著作を何冊か読んできた。
『リベラル・デモクラシーの現在』の「はじめに」を読むと、先生はこれまで『比較のなかの日本国憲法』(1979年)、『自由と国家』(1989年)、『憲法と国家』(1999年)の3冊の岩波新書を執筆したとのことだが、その全てを読んでいる。岩波新書だけでなく、『いま、憲法は「時代遅れ」か』(平凡社)、『いま、「憲法改正」をどう考えるか』(岩波書店)等の樋口先生の著作を読んできた。

さて本書『リベラル・デモクラシーの現在』に移ると、「リベラル」とは権力からの自由、権力からの解放がエッセンスだという。「デモクラシー」とは権力構成の原理として、デモス=人民の名による決定がエッセンスだという。従ってリベラルとデモクラシーは論理上別次元の話である。別次元の話なので、歴史の中で両立することもあれば衝突することもある。両立する場合がリベラル・デモクラシー(立憲デモクラシー)である。

ところでリベラル・デモクラシーには2つの類型があると樋口先生は言う。第1はリベラルの制度枠組みの中でデモクラシーへの流れが推し進められてくる型で、イギリスがこれに当たる。第2はデモクラシーによって近代以前との断絶を果たした上でリベラルがそれに重なって加わっていくという型で、フランスがそれに当たる。
日本の近代憲法(大日本帝国憲法)は第1類型で始まった。ここで樋口先生は、明治憲法の起草に携わった人々が人権に対する強い意識・見識を持っていたことを紹介する。この辺り、管理人は樋口先生のこれまでの著作で学んでいたが、一般にはあまり認識されていないのではないだろうか。
第二次大戦後に制定された現憲法は、まさにリベラル・デモクラシー体制である。「すべて国民は、個人として尊重される」と規定する憲法13条がリベラルの核心である。

ところで世界的には米ソ対立の終焉とともにリベラル・デモクラシーの普遍化の方向が見えてきたが、その一方で1980年代、英サッチャー政権、米レーガン政権によりネオリベラリズムが推進されるようになった。またリベラル・デモクラシーの拡大の一方でイリベラル・デモクラシーが起き始めた。イリベラル・デモクラシーとは、寛容さを欠くデモクラシーで、選挙という意味でのデモクラシーによらない独立した制度、具体的には司法権やEU本部が標的にされる。トランプ現象がその典型であるが、日本でも、2012年以降の自民党政権が、内閣法制局、NHKのような選挙によって動かされない機関を標的にしている。2012年に作られた「自由民主党憲法改正草案」はイリベラル・デモクラシーを他国に先駆けて憲法規範化しようとするものだと樋口先生は言う。

現世界では、イリベラルとネオリベラリズムの連合軍が、リベラル・デモクラシーに対する脅威となっている。
憲法学では「二重の基準」という考え方がある。ある法律を憲法に違反するかどうかを裁判所が判断する時、思想良心の自由や言論の自由を制約する法律を審査する際は厳格に審査し、経済的自由を制約する法律を審査する場合は立法府の裁量を尊重して緩やかに判断するという考え方である。その理由は、樋口先生の考えでは、思想良心、言論の自由が傷つきやすいのに対し経済的自由はお金を持っている強い立場の者の自由だからである(管理人注: この点は樋口先生の考えであり、憲法学界の中には異なる理由から二重の基準を理由づける学説も存在する)。
ところが1980年以降のネオリベラルの台頭の中で、二重の基準とは逆に、お金の自由を解放することが基本になった。これと良心に対する制約であるイリベラルがくっつくようになった。こうして二重の基準が逆転して、逆二重の基準ができるようになったと樋口先生は述べる。
またネオリベラルにより規制緩和が進むと社会経済的格差が広がり、そのことへの反発がイリベラルを生む。こうして現状は、リベラルがネオリベラルとイリベラルによって挟み打ちにされている状況にある。
管理人は、ここで述べられた逆二重の基準という考え方は初めて目にするもので、新鮮感があった。

これ以降は平和主義の思想家だった故・日高六郎さんの思想や、明治憲法下での知識人の行動、2012年の自民党の憲法改正草案の問題点、現在の改憲問題といった話題について述べられている。

管理人は本書を通読して、岩波新書という一般向けの体裁を取っているが、内容は高度であると感じた。学術論文として立派に通用する高度さである。随所でヨーロッパなどの知識人の言説が引用されており、樋口先生の博学ぶりが現れている。管理人は本書で述べられた樋口先生の考えに全面的に賛成である。

樋口先生は1934年生まれなので、現在85歳。管理人の記憶にある樋口先生は、若々しくエネルギッシュに、熱く憲法を語る先生だった。当時から40年近くが経過したが、先生のエネルギー、日本国憲法にかける熱い思いは当時と同じのようだ。
樋口先生のますますの御健勝をお祈りしたい。

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