チェリビダッケのブルックナー「交響曲第5番」

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ブルックナーの最高傑作はどの曲でしょうか。モーツァルトやベートーヴェンの最高傑作というと人によっていろいろと意見が分かれると思いますが(余談ですがぼくは今、モーツァルトの一番好きな曲は「13管楽器のためのセレナードK361」、ベートーヴェンの一番好きな曲は「ディアベッリのための変奏曲」でいます)、ブルックナーの最高傑作というと多くの人が第8交響曲か第9交響曲を挙げるのではないでしょうか。ぼく自身は第9が一番好きですが、セルジュ・チェリビダッケは第8交響曲をブルックナーの最高傑作、いやブルックナーに限らず古今すべての交響曲の最高傑作だと述べていたそうです。これは彼が第9が未完の作品であることを考慮したせいかもしれませんし、第9よりも第8の方が上だと考えているせいかもしれません。
ところが最近、第5交響曲をブルックナーの最高傑作であると考える人が増えてきたように思うのです。現にあの朝比奈隆先生は、第5を最も好まれていたと聞きます。

ところでブルックナーの交響曲から響いてくるものは何でしょうか。オーストリア・アルプスの豊かな大自然の風の音、川のざわめき、鳥の声、澄んだ空気、そのようなものかもしれません。しかしだんだん聴き進めていくと大宇宙の中に入り込んだような感に囚われてきます。大宇宙の息吹をそのまま聞いているような気持ちになるのです。

ぼくはブログ仲間のNoraさんの記事にヒントを得て、ブルックナーの交響曲が一見どれも同じに聞こえること、彼が創作活動を中断することがなく、いったんある作品が完成してもすぐに、それも次の構想を確立することなく創作活動に取りかかったこと、さらにシャルクやレーヴェの助言があったとはいえいったん完成したはずの作品を改作し続けたことから、彼のすべての交響曲を個々の独立した作品と見るべきではなく、宗教曲なども含め彼は生涯をかけて1つの作品を創作し続けたと理解したほうが、ブルックナー音楽の本質を把握したことになるのではないか、と考えています。もちろんブルックナー自身にそのような意識はなかったわけですが。このように考えると、ブルックナーの創作活動は永遠に終わることのないものであり、逆に未完の第9交響曲は完成作だともいえることになります。

しかしこのようなブルックナーの生涯を通じての創作活動も、その年月に応じて変化していきます。そうして初期には彼の身近だったアルプスの自然から、晩年になるにしたがってだんだん大宇宙を描くものに変化していったと考えたいのです。もちろんある時点で突然地球から宇宙に変化するわけではありません。彼の作品に徐々に宇宙的要素が現れてくるのです。しかし大自然を描いた作品の頂点が第5で、第6は過渡期の作品、第7以降は完全に大宇宙に足を踏み入れた作品だといえるのではないでしょうか。第5交響曲はいわば地球時代の最高傑作であり、これをブルックナーの最高傑作と考える人が多いのもうなづけるのです。

ところで今日聴いた演奏はチェリビダッケが1981年11月26日にシュトゥットガルト放送交響楽団を指揮したのをDGが復刻したものです。この演奏はたいへんゆっくりしたものです。演奏時間は83分を超え、CD2枚にまたがっています。第5がCD1枚に収まりきらないというのはチェリビダッケだけではないでしょうか(ちなみにぼくは彼がミュンヘン・フィルを振ったEMI盤も持っていますが、各楽章ともさらに1分ずつほど遅くなっています)。
しかし演奏はたいへん説得力の強いものです。演奏が遅いと感じさせないのです。磨き抜かれた音、アンサンブルはたいへん精緻で、オーケストラがまるで1個の楽器のようです。チェリビダッケが「オーケストラ」という1個の楽器を演奏しているようなのです。しかも地球時代の最高傑作と思われる第5にすでに宇宙的要素が入り込んでいることを如実に感じさせるものです。第2楽章アダージョにそれはすでに感じられますし、終楽章の最後部分はまるで大宇宙の鼓動が鳴り響いているようです。チェリビダッケならではの至芸といえるでしょう。

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