ロストロポーヴィチのシューマン「チェロ協奏曲」

今日は、せっかくの週末だというのに、首都圏は台風のせいで大雨でした。ぼくは一日中自宅で過ごしましたが、息子は塾に行き、妻は飲み会に行きました。

さて今日聴いたのはシューマンの「チェロ協奏曲」です。演奏はムスティスラフ・ロストロポーヴィチ(vc)とレナード・バーンスタイン指揮フランス国立管弦楽団という豪華組合せです。1976年11月のEMIへの録音です。

この「チェロ協奏曲」はシューマン40歳の時の作です。40歳というとシューマン(1910-1956)の精神疾患がそうとう進行していた時期です。こう書くと暗く難解な曲がイメージされますが、決して難解ということはないと思います。
しかしこのチェロ協奏曲には大きな特徴があります。国内盤を持っているのでそのライナーノート(出谷啓)からそのまま引用しますと、「…他の2曲の協奏曲(ピアノ協奏曲とヴァイオリン協奏曲)が、古典派の協奏曲のように、独奏部がオーケストラの一楽器としての役割を果しながら、しかもその存在を強く主張するものだったのに対し、このチェロ協奏曲でのオーケストラの書法は極めて簡潔で、シューマン自身が草稿に”オーケストラの伴奏を持つ”と明記したように、オーケストラ・パートがまったくの伴奏の役割に終始し、チェロ独奏は休止することが少ないという点で、多くの他の協奏曲に余り例がない…」という大きな特徴があるのです。

実際この曲では、最初から最後までチェロが徹底して歌います。第1楽章ではシューマンらしいほの暗いロマンと感情の大きな起伏が感じられます。第2楽章では夢を見るように美しく、第3楽章は一転して行進曲のようなダイナミズムが感じられます。そのすべての楽章でチェロが完全に主役として、自在に歌を繰り広げるのです。

このような性格をもつ曲なものですから、ロストロポーヴィチのはまり役です。彼は持ち前のスケールの大きい表現力と高度な技術を存分に発揮しています。強音から弱音に至る幅の大きさとそのコントロールは見事なものです。第1楽章の朗々とした歌い回しや第2楽章の繊細な表現、第3楽章のダイナミズム、いずれも素晴らしいものです。ぼくはシューマン「チェロ協奏曲」の録音はこのロストロポーヴィチ盤しか持っていませんが、これ以上の演奏はありえないのではないかと思えるほどすばらしい演奏です。
この演奏の録音年である1976年は、彼が西側に亡命した1974年の直後のことで、旧ソ連の抑圧的な体制から解放されて気合の乗っていた時期だったのではないでしょうか。

なおこのCDはやはりバーンスタインとのブロッホ「シュロモ」が併録されていますが、こちらの方も大変な力演です。

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