ケンプのシューベルト「ピアノ・ソナタ第17番」

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シューベルトのピアノ・ソナタ第17番ニ長調D850。この曲はシューベルトのピアノ・ソナタの中でも今ひとつ注目されていないのではないでしょうか。
ウィルヘルム・ケンプのようにシューベルトのピアノ・ソナタ全集を完成させたピアニスト、アルフレッド・ブレンデル、内田光子のように第13番以降のソナタを全て録音したピアニストは当然第17番も録音しているわけですが、ラドゥ・ルプー、マウリツィオ・ポリーニのようにシューベルトのピアノ・ソナタを相当数録音したピアニストがなぜか第17番を録音していません。それに実演でこの曲が取り上げられる回数は、その前後のソナタと比べて少ないように思います。

その理由として考えられるのは、今日聴いたケンプの演奏で約39分もかかるという長さ、そしていちおう急・緩・急・急の4楽章編成を取っているものの、どの楽章も10分ずつと締まりの無さ、完成度の低さです。しかし、歌謡的なメロディーの美しさという点ではこれほど魅力を持った作品は、シューベルトのピアノ・ソナタの中でも随一、いやシューベルトの全ての作品の中でも随一なのではないでしょうか。

ただし第1楽章は不出来だと思います。冗長でインスピレーションが感じられないのです。この第1楽章の出来の悪さも、このソナタの人気がない原因の1つかもしれません。

これに比べて、第2楽章の美しさは言葉にできないほどです。夢を見ているような歌謡的なメロディーの美しい楽章です。音楽を聴くことの幸せを、思う存分味わうことのできる楽章です。

第3楽章はスケルツォで、これまたハンガリーの民族的な旋律の美しい楽章です。しかしこの楽章はスケルツォなのに演奏時間が10分もかかってしまい、作曲技法の点からは冗長なのでしょう。しかし物は考えようで、曲が冗長だからこそ、聴き手は長い時間美しい音楽に浸っていることができるとも言えるのです。

第4楽章がまた美しい。色とりどりの花が咲き乱れる野原を行くような気持ちを味わうことができます。それに最も上質なユーモアさえ感じられるようです。シューベルトの故郷オーストリア・アルプスの野原もこのように美しいのでしょうか?

今日聴いたのはケンプの1968年8月の録音です。彼は強音をできるだけ抑え、主観的な、歌心あふれる演奏を繰り広げます。この曲の演奏を心から楽しんでいる様子が目に浮かぶようです。特にテンポをゆっくりとった第4楽章での歌うような、いや実際歌っている演奏はまさにケンプ節です。彼にしかなしえない至芸でしょう。

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