シュトゥックマイアーのJ.S.バッハの「オルガン小品集」

今日2月7日の土曜日は、東京は1日中晴れの好天気でした。もっとも私は午前中起きることができず、1日中寝ていたようなものでしたが…。

今日は、バッハの「オルガン小品」Orgenbuchelin(オルゲンビュッヒラインという発音で合っているのでしょうか…)
から、BWV611から632までを聴きました。演奏はヴォルフガング・シュトックマイアーで、1977年9月14日から1981年2月16日までの録音です。DOCUMNTというドイツのレーベルから出ているものです。

バッハの器楽曲の中で最も作品数が多いのが、オルガンのための作品です。バッハ自身が職業的なオルガン奏者だったせいで、彼にとってオルガンは最も身近な楽器だったわけですから、オルガンのための作品が多く作曲されたのは当然なのかもしれません。
しかし彼が日常でオルガンを演奏する中から、さまざまな楽想、インスピレーションを得ていたであろうとことは容易に想像されるところで、声楽曲を含めあらゆる作品は、程度の差こそあれ、オルガンの音世界の影響を受けているかもしれないのです。
バッハを極めようとするなら、そのオルガン作品を聴くことはぜったい不可欠なはずです。私は今年は、ハイドン、ワーグナー、ショスタコーヴィチとともにバッハに力を入れて聴いていこうと思っていますが、そういうわけで今年はひとつ、これまであまり聴いたことのないオルガン作品に挑戦しようと思うのです。

今日聴いたオルガン作品BWV611から632までは、1分足らずから7分近いものまでありますが、いずれも小品です。もちろん「トッカータとフーガ ニ短調BWV565」のような有名曲は含まれていません。しかしオルガン特有の残響の多い音で築かれた音世界は、荘厳というのでしょうか、何かもう、気軽に聴くことを許さないものがあります。聴く者の居ずまいを正さずにはおかないものがあるのです。

ところで、最近、バッハの作品を聴いていて思うのですが、バッハの音楽は果てしがないように思います。
それは第1に、量的な問題です。
これがモーツァルトだと、K1からK626までに限られているわけですし、私は現に、モーツァルトが大好きでK1から626まで全ての曲を聴いたという方を1人ですが知っています。ベートーヴェンだとさらに少なく、私自身がこれまでに「フィデリオ」など歌劇を除くすべての作品を聴いたことがあるように思います。
しかしバッハの曲は一体どのくらいあるのでしょうか。聴いても聴いても、まだ聴いたことがないという曲が存在するのです。バッハのすべての作品を聴いたことがあるという方は、一体どのくらいおられるのでしょうか。

第2に、質的な問題です。
これは私の自身の主観的な問題です。しかし私は、バッハのどんな曲でも、何回聴いても、その曲を極めたとか聴き飽きたという気持ちになれないのす。
たとえば本ブログで何回か取り上げた「イギリス組曲」です。私は一見地味なイギリス組曲6曲を、何回聴いても飽きることはありません。何回聴いても、また聴きたいという気持ちになってしまいます。

ところで、今日聴いたシュトゥックマイアー盤に一言触れますと、昨年の暮れから今年にかけてブログ仲間の方が複数エントリーされていたので、興味を持ちました。調べてみると、バッハのオルガンのための全作品が20枚のCDに収録されており、10枚ずつ2個のBOXに入っているのですが、BOX2個で合わせて3,500円程度でたいへん廉価です。それだけでなく演奏自体も、ブログ仲間の方にも、またHMVのレヴュアーの方にも極めて評価が高いのです。

そこで今週購入し、今日から、BOX2個目の最初のCDに収録されていたBWV611から聴き始めたのです。
私はオルガンはこれまであまり聴いたことがなく(ヴァルヒャの全集は父が持っていましたが、私はその半分も聴いたことがないと思います)、今日聴いた小品も、聴くこと自体が初めてだと思うので、評価を下す資格はありません。
しかし聴き終えてたいへん充実感が得られたことは間違いありません。

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