ケンプのシューベルト「4つの即興曲」

今日はウィルヘルム・ケンプの演奏するシューベルト「4つの即興曲」D899(作品90)と同D935(作品142)を鑑賞しました。録音は1965年3月です。

今日は11月29日です。暦上の秋はあと明日11月30日を残すだけになりました。
このような晩秋に聴く曲として、シューベルトの全部で8曲の「即興曲」は非常にふさわしいのではないでしょうか。

どの曲も、歌謡的なメロディの美しさ、夢を見るような幻想性、心の優しさ、物悲しさ、孤独感、そういったシューベルトらしい要素も満ち溢れています。オーストリアの美しい野の花を思わせるような作品ばかりです。
シューベルトのピアノ曲というと、ここ2、30年の間のコンサートでは、ソナタが取り上げられることが多くなりました。しかしぼくがクラシックを聴き始めた1970年代後半は、シューベルトのソナタはまだ一般に理解されておらず、シューベルトのピアノ曲というと小曲に佳曲が多いというイメージが強かったように思います。その当時は、合計8曲の即興曲や「楽響の時」がシューベルトのピアノ曲の代表のように思われていたのです。

今日聴いても、即興曲が小品であるがゆえにソナタより価値が低いように考えるのは、大きな誤りだと思います。8曲の即興曲はどの曲も、美しさと高貴さを湛えた珠玉のような名曲であり、まさにシューベルト以外の作曲家には書くことのできない作品群だと思います。
個人的には、D899の第1曲から第3曲までの3曲と、D935の第1曲が好みでいますが、いずれ劣らぬ名作なのでしょう。例えば、D935の第3曲は、計8曲の中では地味な存在だと思いますが、その心優しい旋律は本当にすばらしいものです。

ケンプは、シューベルトのソナタがあまり注目されていなかった時代に、いち早くソナタ全曲録音を果したというほど、シューベルトに愛情を注いだピアニストです。
即興曲の演奏でも、しみじみと慈しむように、1音1音に心のこもった演奏を聴かせてくれます。
今日聴いた思ったですが、録音当時70歳くらいだった老巨匠が、シューベルトの珠玉の小品を慈しむように演奏するのは、絵になるのではないでしょうか。
ケンプ盤の後、デジタル時代に、ルプー盤やピリスのDG盤など、すぐれた演奏は現れました。
しかし今日聴いたケンプ盤は、ぼくにとっては一生座右に持っていて繰り返し聴きたいというほど、大好きな演奏です。

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