スウィトナーのシューベルト「交響曲第3、4番」

今日1月1日元旦の東京は、冬晴れの快晴の1日でした。
ぼくたち一家は、昨年実母が永眠したため服喪中です。そのため、おせち料理もなく、酒も飲まない、ごく普通のお正月でした。普段と変わったことといえば、朝食兼昼食に、ご飯の代わりにお雑煮を食べたくらいです。
年賀状は、喪中葉書を出さなかった10人くらいの方から頂いただけで、寂しい思いをしました。
また初詣に行くこともなく、1日中、新聞を読んだり、サッカーの天皇杯を見たりして過ごしました。

さて聴き初めは、オトマール・スウィトナー指揮ベルリン・シュターツカペレの演奏するシューベルトの交響曲第3番と4番です。

昨日本ブログにコメントを頂いた方への返事に、お正月はワーグナーでも聴こうと思っていると書きました。
しかしワーグナーは料理にたとえると、ステーキのようなものです。ぼくは50歳まであと数年という年齢になり、お正月からステーキを食べる元気はありません。1年の初めはもっと質素に、お雑煮やお茶漬けでスタートしたいと思うのです。

ブログ仲間に、聴き初めをドヴォルザークにされている方が何人かおられました。良い趣味をしておられると思いました。しかしその真似をするのもどうかと思ったので、普段あまり聴かないシューベルトの初期の交響曲、3番と4番を聴いてみました。

シューベルトの交響曲の中で、「未完成」と「グレイト」の次に有名な曲といえば、第5番D485ではないでしょうか。ぼくの見たところその理由は、シューベルトの演奏に定評があった巨匠ブルーノ・ワルターが第5番を取り上げたからではないでしょうか。ワルターが旧CBSに「未完成」のカップリングに5番を録音したことが、5番という曲を有名にしたように思います。

しかし、ワルター以外の、シューベルトの交響曲全曲を録音していない指揮者の「未完成」「グレイト」以外の録音を見ると、カルロ・マリア・ジュリーニは悲劇的」というニック・ネームを持つ第4番、カルロス・クライバーは第3番を取り上げており、必ずしもワルターと同意見でないことがわかります。

さて今日、3と4番をスウィトナーの演奏で続けて聴いたわけですが、素朴で青年の若書きの作品だなあという印象を持ちました。3番はシューベルト18歳、4番はシューベルト19歳の作品で、実際若書きの作品なのですが…。
もし何の先入観も持たずにこれらの作品を聴いたなら、シューベルトではなく、ハイドンか、モーツァルトの初期の作品と思ったかもしれません。それほど、素朴でのどかな作品です。

しかし両曲とも、緩徐楽章になっている第2楽章は魅力的です。第3番の第2楽章の中間部分でクラリネットが奏される個所は優雅でユーモアの感じられるものです。また第4番の第2楽章の温和な息の長い旋律は、なかなか魅力的です。晩年の「グレイト」の世界を予兆させるものがあるのではないしょうか。
また「悲劇的」というニックネームの由来となっている第4番の第1楽章は、その名の通り悲劇的でダイナミックで、モーツァルトの交響曲40番ト短調を思わせるものがあるように思います。

スウィトナーの演奏は、いつもの通り、明快で流麗な、着実なものです。これら2曲が本来持っている魅力を引き出した演奏だと思います。

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