東日本大地震

本ブログでは、これまでクラシック鑑賞や読書が中心で、世の中的な話題は取り上げてきませんでした。
しかし、今回はあまりの大惨事です。
ぼくの一生の中で一度あるかないかの大惨事です。
本ブログでも記事にしようと思います。

まず被災者の皆様に心からお見舞い申し上げます。
お亡くなりになった方々の御冥福をお祈り申し上げます。


私は3月11日(金)午後2時46分の地震発生の瞬間は、仕事で新宿西口の路上を歩いていました。
小さな地震であれば、歩いていれば体感しないものです。
しかし、今回はグラッと揺れるのがはっきり分かりました。本能的に立ち止まりました。
地面の揺れは続きました。
転倒するといけないので、何かつかまるものがないかと目で追いました周囲には何も見当たりませんでした。
そこで、うずくまりました。
すぐに上から落下物が落ちてきて直撃されるとまずいと思い、ビルのそばを離れたところでうずくまり、頭の上を鞄で覆いました。
数分間うずくまって揺れが終わるのを待ちました。その間、これは関東大震災ではないかと考えました。

揺れが終わると、妻に安否確認のために連絡を取ろうとケータイを取り出しましたが、つながりませんでした。
実はその日の夕方、仕事で訪問先があったので、JR新宿駅に向かいましたが、新宿駅構内に入ってすぐに全線不通になっていることが分かりました。
周囲を見ると、多くの方々がケータイで連絡を取ろうとしているようでしたが、うまく行かない人ばかりのようでした。

ぼくはこれは仕事どころではないと思い、帰宅しようと思いました。また、在宅しているはずの妻と、部活のため登校している1人息子(中3)の身の上が心配になりました。

新宿から自宅までは、幸い、歩いて帰れないことのない距離です。
ぼくは自宅方向に歩き始めました。周囲を見ると、歩いている人が普段より多いように感じ、少し安心しました。
歩いて帰宅途中、余震が何回もあり、そのたびに鞄を頭に載せました。
また帰宅途中、一度だけ奇跡的に妻とケータイがつながり、息子が部活が早く終わり、ちょうど帰宅した時に地震が発生したので、無事にしていると聞きました。それで胸を撫で下ろしました。
しかし、訪問先へのキャンセルの電話は最後までつながりませんでした。

1時間半歩いて帰宅しました。
妻と息子の顔を見て安心しました。
幸い、停電・断水はありませんでした。
あとはテレビに釘付けです。

このようにぼくは、帰宅難民にならずにすみ、最小限の被害で済みました。
本当に幸運だったと思います。

しかし、その夜、さらに翌日(昨日)、何回も余震が続いています。
また被害に遭われた東北地方に方々にはかける言葉もありません。
また福嶌原発での爆発のニュースも大いに気になります。

災害が1日でも早く収束に向かうことを祈るほかありません。


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