酒井啓子『9.11後の現代史』(講談社現代新書)

酒井啓子『9.11後の現代史』(講談社現代新書)という本を読み終えた。
本書は本年2018年1月20日刊の新刊である。著者の酒井氏は1959年生まれ、現在千葉大学法経学部教授兼同大学グローバル関係融合研究センター長を務めている。
管理人はこれまで酒井氏の著作は『イラクとアメリカ』(岩波新書)、「〈中東〉の考え方」(講談社現代新書)の2冊を読んだことがある。2000年代前半に出た『イラクとアメリカ』がイラク戦争の背景を深く考察した良書だと思ったので、『〈中東〉の考え方』と本書をも読んでみたというのが実感である。

本書は次の8章から成る。

第1章 イスラーム国(2014年~)
第2章 イラク戦争(2003年~
第3章 9.11(2001年)
第4章 アラブの春(2011年)
第5章 宗派対立?(2003年~)
第6章 揺らぐ対米関係(2003年~)
第7章 後景にまわるパレスチナ問題(2001年~)
終章 不寛容な時代を越えて

このように見ると、上のような事件・出来事が起きた時代や場所があちこちに飛んでいるように見えるが、もちろんこれらの事件は背後で繋がっている。
元々アラブ対イスラエルの紛争(第7章)があった地域に、湾岸戦争・9.11テロが起き(第4章)、その後当時の米国ブッシュ政権がイラク戦争に踏み切った(第2章)ことで、中東の不安定化が加速し、各地で紛争やテロが続発するようになったという流れである。シリア内戦やイスラーム国はその最たるものである。
途中でチュニジアをはじめ各国で民衆が立ち上がり民主化が進むかに見えたが(「アラブの春」、第4章)、結局民主化の動きは覆されてしまった。

本書はこのように非常に複雑な中東の政治紛争を、その歴史的・宗教的背景や各国の国内事情に踏み込みながら解説する。
著者によると、日本でスンナ派とシーア派の宗教的対立という側面が大きいように見える紛争でも、実は政治対立の面が強いという。
「つまるところ、政治対立が先にあり、それが宗派を巡る対立に転化されるのである。結果的に宗派間の戦いに見えることになる場合もあれば、政治家たちが意図的に宗派を軸に支持者を動員する場合もある。人々を信仰心や忠誠心を利用して動員することは、主義主張で人々を動かすよりも簡単であり、その意味で「民族」や「宗派」は政治対立に利用価値大なのだ。」(129頁)

また著者は最近の紛争は予測不能、調整不能になりつつあるとし、その要因の一つに中東の世代間対立・世代交代を挙げる。
「「アラブの春」が若者を中心にした自己主張の運動で、その背景に若い世代のフラストレーションが見られることは、第4章で述べた通りだ。だが、新しい世代の台頭は、違う形でも見られる。サウディアラビアのMbs(ムハンマド・ビン・サルマン皇太子)の台頭は、その代表例といってもいいだろう。」(167頁)
著者は若い世代は経験不足から交渉の能力がなく武力による闘争に依拠しがちであることを指摘する。この点などは新聞を読んでいるだけでは分からない鋭い指摘と言えよう。
また本書は、サダム・フセイン時代のイラクやイスラーム国に迫害されていると報道されているクルド人についても、上手くまとめている。

今後どうなるのか、中東に平和が訪れる望みはあるのかというと、著者は悲観的である。理由は、現代は不寛容な時代であるが、中東では誰が「他者」なのかという他者認識が自明でなく、他者の認定は恣意的になりがちで、恣意的な他者認定は反論を呼ぶからだ。

今、中東各地で起きている紛争はたいへん複雑で、新聞やテレビで得られるニュースを読んでいるだけでは、表面的に起きている事件を追うだけで精一杯、いや新聞・テレビだけでは事件の全体像を把握することさえ不可能だろう。まして、その歴史的背景や各国の内部事情などは全く分からない。しかしこれら背景事情を理解しない限り、表面的に起きている紛争についての十分な理解は得られない。
本書は現在の中東に関する問題を理解するための良書である。
9.11後の現代史 (講談社現代新書)
講談社
酒井 啓子

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