マイスキーのバッハ「無伴奏チェロ組曲第1、2、6番」

今日6月1日から、暦上夏に入ります。今日の東京は初夏らしい晴天の1日でした。
今日の1曲は、バッハの無伴奏組曲第1番BWV1007、第2番BWV1008、第6番BWV1012です。演奏はミッシャ・マイスキーの1999年7、8月の録音です。マイスキーのこれらの曲の2回目の録音です。

チェロというと秋、冬に聴くのにふさわしい楽器というイメージはないでしょうか。低く深く柔らかいチェロの音色は秋・冬の夜長に聴くのにふさわしい、ということです。さらに明るく華麗なヴァイオリンは春・夏にふさわしいのかもしれません。
管理人はこれに同意見ですが、チェロ作品の中でバッハの無伴奏チェロ組曲だけは例外だと思います。バッハの無伴奏チェロ組曲は秋・冬に聴くのにふさわしい曲だとは思いますが、今日のような夏に聴くのもありだと思います。夏の暑い日にクーラーをガンガン効かせた部屋で、ウィスキーの水割りでも飲みながら、バッハの無伴奏チェロ組曲を聴くのは一興だと思うのです。

さてバッハの無伴奏チェロ組曲は管理人のたいへん愛好している曲です。管理人はバッハの器楽曲の中では、鍵盤楽器のための作品よりも「無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ」やこの無伴奏チェロ組曲のような弦楽器のために書かれた作品の方が好きでいます。理由ですが、無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータも、無伴奏チェロ組曲も、たった一挺のヴァイオリン、チェロで、宇宙や神や人間や人生、要するに全てを描いているという趣があって好きなのです。
この点は、平均率クラヴィーア曲集やゴルトベルク変奏曲など、バッハの鍵盤楽器作品でも同様なのではないか、と問われれば、その通りですと答える他ないのですが…。
管理人がバッハの弦楽器作品を好むのは、要するに個人的な好みにすぎないのでしょう。

さてマイスキーの演奏ですが、たいへん自由自在な演奏です。
マイスキーは1985年にバッハの無伴奏チェロ組曲全曲録音を完成させましたが、本録音のライナーノート(タリー・ポッター)によると、数年前(1996年頃)チューリヒで偶然自分の初回録音を聴いた時冗談みたいな演奏だと思った、自分の演奏だと分かってショックを受けた、ということです。それで、2000年のバッハ没後250年のバッハ・イヤーにドイツ・グラモフォンから再録音を提案された時喜んで引き受けた、とのことです。
管理人はマイスキーの初回録音をも所持していますが、今日聴いた再録音と比べるとかちっとした演奏だったと思います。再録音は、早めのテンポですが、フォルムを崩し、テンポを頻繁に変え、良く言えば自由自在、悪く言えばやりたい放題の演奏です。随所にマイスキーらしい歌い回しを聴くことができます。ロマンティックな演奏だと言うこともできます。マイスキー・ファンの方にとっては(管理人もマイスキーが好きなのですが)、こたえられない演奏なのではないでしょうか。
マイスキーの初回録音も再録音も両方とも名演であり、バッハやマイスキーが好きな方は両方とも手元に持っておかれるのがよいのではないでしょうか。
特筆したいのはマイスキーのチェロの音色です。ヨーヨー・マのような美麗な音ではありません。暗めの、やや燻んだ音です。しかし管理人は何とも言えない良い音だと感じます。またマイスキーの「オレはこのチェロが好きなんだ、このチェロの音を愛しているんだ」という愛情が伝わってくるようにも感じます。

余談になりますが、管理人は2005年11月、武蔵野市民文化会館でマイスキーのバッハ「無伴奏チェロ組曲」の実演を聴いたことがあります。凄まじい集中力で、無心・没我の境地で演奏しているように見えたのを覚えています。
そのマイスキー(1948年生まれ)も70歳を過ぎました。毎年来日しているようですが、最近は少なくとも日本ではバッハを演奏していないように思います。もしバッハのプログラムで来日するようなことがあれば、また聴きに行きたいと思っています。

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