トルトゥリエ/ハイドシェックのベートーヴェン「チェロ・ソナタ第5番」

今日は暖かな1日でした。新型コロナウィルスが全国各地に拡大し始めました。街で見かける人々の半数はマスクをしているように思います。不要不急な外出は控えたいものです。

今日はベートーヴェンのチェロ・ソナタ第5番ニ長調作品102ー2を聴きました。演奏はポール・トルトゥリエ(vc)とエリック・ハイドシェック(p)です。1971年7月、1972年3月、1972年7月にわたる録音です。トルトゥリエは1980年代にも実娘のボウのピアノでベートーヴェンのチェロ・ソナタ全曲を録音しており、今日聴いたハイドシェックとの共演は彼の最初のベートーヴェン録音ということになります。

作品102を構成するベートーヴェンのチェロ・ソナタ第4番及び第5番は、1815年のベートーヴェン(1770ー1827)45歳の時の作品です。当時ベートーヴェンは交響曲第8番の作曲を終え、弦楽四重奏曲第11番「セリオーソ」、ピアノ・ソナタ第27番を完成させた時期に当たります。中期が終わりつつあり、後期にさしかかろうという時期の作曲です。

そのような時期的な要素は本曲の内容に如実に現れています。
急・緩・急の3楽章構成を取りますが、第1楽章はずいぶん自由に作曲されているという印象を与えます。ベートーヴェンが後期に足を一歩踏み入れたことを感じさせる楽章です。
第2楽章は緩徐楽章で、本曲の3楽章の中で最も長大ですが、デリケートで叙情的な楽章です。
第3楽章は、本トルトゥリエ盤で4分強の長さですが、変なことを言うようですが、驚嘆すべき楽章ではないでしょうか。前衛性と現代音楽のような面が感じられる楽章です。ベートーヴェン後年のピアノ・ソナタ第29番「ハンマークラヴィーア」終楽章や、弦楽四重奏曲第13番のために書かれた「大フーガ」を思い起こさせるものがあります。ベートーヴェンはここでは既に後期の領域に足を踏み入れています。

トルトゥリエの演奏は、あまりヴィブラートをかけない、端正であっさりした演奏です。テンポはあまり変えません。淡白な印象を受ける場面さえあります。彼より13歳年少のロストロポーヴィチの感情濃厚な演奏とは正反対の演奏です。この例えは以前に使ったような気がしますが、ロストロポーヴィチがシチューだとしたらトルトゥリエは味噌汁のようなものです。そして管理人は年を取ると共にシチューよりも味噌汁を好むようになってきました。
しばしば共演したフランスの名手ハイドシェック(余談ですが、ハイドシェック(Heisieck)はCDでも雑誌でもハイドシェックと日本語表記されていますが、フランス語ではHを発音しないので、エドシークと表記すべきです)との呼吸もぴったりです。ベスト盤に推すにはインパクト不足のようにも思いますが、なかなかの好演奏であることは間違いないと思います。
今日のような冬の夜にチェロの深く柔らかな音はぴったりで、名曲の名演を聴くことができたと思いました。

なお本CD(TOCE1545)には、チェロ・ソナタ第4番のほか、ヘンデルの「ユダス・マカベウス」の主題による12の変奏曲ト長調WoO45、モーツァルトの「魔笛」の主題による7つの変奏曲変ホ長調WoO46、モーツァルトの「魔笛」の主題による12の変奏曲へ長調作品63が収録されています。これら3曲の変奏曲はなかなかの佳曲なのではないでしょうか。特に「ユダス・マカベウス」の主題による変奏曲は佳曲だと思います。
今日同曲を聴いて、20年近く前に聴いたヤーノシュ・シュタルケルと練木繁夫さんの共演で、同曲がアンコールに弾かれ、非常に感心したことを思い出したりしました。

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