リヒテルのJ.S.バッハ「イギリス組曲第3、4、6番」

先月ユニバーサル・グループから「リヒテル名盤1200」というシリーズ(全20タイトル)が発売された。1980年代後半以降のスヴャトスラフ・リヒテル晩年のライブ録音を中心にしたもののようだ。さっそく1枚、バッハのイギリス組曲第3、4、6番が収録された1枚を買ってみた。1991年3月、ドイツ、ボンでのPhilipsによる録音である。同じ1日のコンサートをそのままCD化したもののようだ。
1991年3月というと、まさに旧ソ連が崩壊しつつあったさなかである。体制下でさまざまな演奏活動を抑圧されていたと伝えられるリヒテルは、どのような心境でこのコンサートを行ったのであろうか。

さてイギリス組曲の第3、4、6番の3曲を聴いて、やっぱり良い曲だと思った。こころやさしく慰めてくれる曲であるけれど、曲に浸らしてくれる曲でもあるのだ。昔、指揮者のセミヨン・ビシュコフが「宇宙を感じさせてくれる音楽は、バッハとワーグナーです。」と語っているのを読んだことである。宇宙が感じられるかはぼくには今ひとつ分からない(第一、ワーグナーの楽劇は全曲通して聴いたことがほとんどない)。しかしぼくがバッハとワーグナーに共通して感じる点がある。それは「曲に浸ることができる」ということだ。
モーツァルトだと優雅な美しい旋律に魅了される。ベートーヴェンだとダイナミックな意志の力と情感の豊かさに感動させられる。しかし両者とも「曲に浸る」というのとは違うような気がする。ただ「曲に浸る」。それができるのは、バッハとワーグナー、それにブルックナーではないだろうか。

リヒテルは1915年生まれだから、演奏当時75、6歳だったことになる。晩年のリヒテルについては批判的な意見をよく聞く。テンポが遅すぎて弛緩している、というのが多くの場合、その理由のようだ。しかし本CDは決してテンポは遅くない。たしかにグレン・グールドのようにインスピレーションの感じられる演奏ではない。またリヒテルの若い時代の豪快なピアニズムはもはや影を潜めている。
しかし功成り名遂げた巨匠が、敬愛するバッハ(リヒテルがバッハの正式録音は多くないが、彼がバッハに特別な思いを抱いていたことは、あの「平均律クラヴィーア曲集」の超名演があることだけでわかる)の作品をひたすら誠実に愚直に(失礼!)に演奏しているのは、それはそれで味わい深い。インスピレーション豊かなだけが芸術なのではない。こういうひたすら誠実な演奏もまた立派な芸術なのではないだろうか。

本録音は国内盤はもとより輸入盤のコーナーでも最近はあまり見かけなかったように思う。久しぶりに国内盤で復活したのは、たいへん嬉しいことだ。

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