ボロディンSQのショスタコーヴィチ「弦楽四重奏曲第7番」

今日の東京は1日中曇り空でした。ボロディンSQの演奏するショスタコーヴィチの弦楽四重奏曲第7番を聴きました。録音は1981年です。
録音当時のボロディンSQのメンバーは、ミハイル・コペリマン(第1vn)、アンドレイ・アブラメンコフ(第2vn)、ドミトリー・シェバーリン(va)、ヴァレンティン・ベルリンスキー(vc)です。同SQの創立当時のヴァイオリニストは、第1vnがロスティスラフ・ドゥビンスキー、第2vnがヤロスラフ・アレクサンドロフでしたが、1976年にドゥビンスキーの亡命に伴い、上記の2人に交代しています。したがって、本録音はコペリマン時代のボロディンSQの初期のものだということになります。

ところで、ベートーヴェンの16曲の弦楽四重奏曲は、第1~6番が初期、第7~11番が中期、第12~16番が後期というように区分されています。ではショスタコーヴィチの15曲の弦楽四重奏曲はどのように区分されるのでしょうか。そもそも区分可能なのでしょうか。

ぼくは今年に入ってから、そのことを時々考えています。ショスタコーヴィチの15曲の弦楽四重奏曲は、だいたい3~4年の間隔で書かれており、時期的に大きな断裂はありません。とすると、形式的・内容的に区別するほかありません。
1つの回答は、ショスタコーヴィチの弦楽四重奏曲は区分することは不可能だというものです。が、強いて言えば、ベートーヴェンのように3つに区分することはできませんが、第1~6番を前期、第7~15番を後期というように2つに区分することができるのではないでしょうか。
第1~6番はショスタコーヴィチの個性がすでに現れているとはいえ、古典的な弦楽重奏曲の形式・内容をいちおう維持しているのに対し、第7番以降は後にも先にもショスタコーヴィチにしか書くことのできなかった作曲者の内面を吐露するかのような独自の作品群になっているように思うのです。

今日聴いた第7番では、いちおう急・緩・急の3楽章構成が維持されています。しかし演奏時間が非常に短いのです。ボロディンSQ盤では、わずか12分半です。7番以前の6曲が第1番を除き30分前後かかるのと大きな違いです。それでいて内容は、まるでウェーベルンの弦楽四重奏曲のようにぎゅっと凝縮されているのです。

一見すると、軽妙な第1楽章、静謐な第2楽章、高揚する第3楽章というように聴こえます。しかしたとえば第2楽章の作曲者の内面にひたすら沈潜していくような趣と、美しい叙情性は、まったくショスタコーヴィチ独自のものです。また第3楽章も単に高揚するのではなく、何か切迫感というか緊張感が感じられるのです。
このように本曲は、ショスタコーヴィチが第6番までの古典的な様式を維持した作風から抜け出て、彼独自の全く個性的な弦楽四重奏曲を書くに至った最初の作品だと評価したいと思うのです。

ボロディンSQの演奏はロシアの伝統にのっとった模範的なものだと思います。同SQは90年代に入ると、第1vnのコペリマンが独自の味付けをするようになりますが、この録音された81年にはまだそのようなことはなく、ドゥビンスキー時代から洗練の度を加えた演奏です。ショスタコーヴィチの弦楽四重奏曲演奏のスタンダードと言えるのではないでしょうか。

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この記事へのコメント

2008年10月27日 07:51
アルトゥールさま お早うございます

いつも拙ブログにこめんと、ありがとうございます。ショスタコーヴィッチの弦楽四重奏曲、少しずつ聴いていこうと思いながら、シュベルト、ベトベンの世界に戻ってしまいます。
安らぎの場所に戻ってしまって;;
このボロディンカルテットのCDも持っているのですが~。まだ私の心には届かないようです~。

ミ(`w´彡)
2008年10月28日 06:13
rudolf2006さま
コメントありがとうございます。
私はrudolf2006さまとは逆に、今年はシュベルト、ベトベンは
あまり聴いていません。最近は弦楽四重奏曲だとショスタコー
ヴィチ、それ以外だとバッハの器楽曲や、ブルックナー、ショス
タコーヴィチの交響曲、ワーグナーの楽劇といった重厚長大な作
品を聴いています。
聴く側の心境の反映なのでしょうね。
私の場合、ベトベン、シュベルトは2000年代前半によく聴い
たというせいもありますが…。

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