本田由紀『教育の職業的意義』(筑摩書房)

本田由紀『教育の職業的意義』(筑摩書房=ちくま新書)という本を読み終えた。著者の本田氏は1964年生まれ、現在、東京大学大学院教育学研究科教授である。メディアへの登場が多い方のように思う。本書は昨年2009年12月10日の刊である。

最初から恐縮だが、「教育の職業的意義」という言葉自体に少しの違和感を感じる。ぼく(1960年代前半生まれ)は1970年代から80年代にかけて教育を受けたのだが、当時は教育というものは個人の教養を高め豊かな人格を育むためになされるというような通念が支配的だったからだ。
著者はこのような読者を想定してか、本書の序章として「あらかじめの反論」という章を設けている。同章には「否定的反応」として5つの反応が挙げられ、そのそれぞれに対し、著者が教育の職業的意義を唱える立場から反論を展開している。
少し脱線になるが、上述のぼくのような反応は、5つの否定的反応の中の①「教育に職業的意義は不必要だ」に分類されるようだ。著者はこのような反応に対し、

「『教育が仕事に役立つ必要はない』という主張は、仕事のための具体的な知識や技術を身につけうる場が、社会の中で教育以外にきちんと成立している場合にのみ成り立つ。確かに、従来の日本では企業がそのような場として一定程度機能していた。しかし、現在の日本社会では、そのような条件はどんどん当てはまらなくなってきている。…」

と反論している。

著者は諸外国の事例を挙げて、日本では教育の場で、職業に対する知識・スキルを身につけるということが著しく乏しいという事態に対し、警鐘を鳴らす。さらに日本でも第二次世界大戦前や大戦直後は職業的意義をもつ教育がそれなりになされていたのであり、教育から職業的意義が失われたのは主に1960年代以降の現象なのだ。

本書で目を引くのは、著者が教育の職業的意義として「適応」と同時に「抵抗」という側面を挙げていることである。「適応」というのは具体的に職業に就いた場合にその職業において要求される知識やスキルのことだが、「抵抗」とは、具体的な職業についている労働者が過酷な労働など企業の横暴から自己の人権を守るための知識やスキル
のことである。この視点は、本書を通して貫かれている。

また著者は、単純に特定の職業についての知識やスキルを身につければよいとするわけではなく、「柔軟な専門性」を身に付けることが必要だとする。「柔軟な専門性」とは、まず何らかの専門性を身に付け、そこから出発して徐々に隣接分野に専門性を拡張し、さらにより高い一般的知識を身に付けていくというものである。

本書は、全般的に著者の一貫した主張が貫かれた好著だと思う。特に教育問題に関心を持つ人に広く手に取ってほしい書だ。



教育の職業的意義—若者、学校、社会をつなぐ (ちくま新書)
筑摩書房
本田 由紀

ユーザレビュー:
普通教育・一般教養重 ...
ガラガラポンしたい気 ...
「キャリア教育」への ...

amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト by ウェブリブログ商品ポータルで情報を見る

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 2

なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー)

この記事へのコメント

rudolf2006
2010年04月03日 08:32
アルトゥールさま お早うございます~

沖縄には色々と本を持っていったのですが、読んだのは車谷さんの著作だけでした、爆~

「教育問題」私も昔から考えています。
私は今も、戦前、ないしドイツの複線型の教育が良いのではないかと思っています。
職業教育が必要な層、学問をする層、他にも色々な道があり、そこから選んでいく、間違えたと思えば、また別の道に進める、これが理想ではないかと思っています。日本ではとかく、これがダメなら、今度はこれと、二者択一的に考える傾向がありますよね~、こういう考え方から逃れないと、教育の弊害が出てくるように感じています。

今は、収入と学歴が一致しているような歪な社会が出来上がっています。まずはこれを変えていかないといけないと思うのですが~、難しいですね~

ミ(`w´彡)
2010年04月04日 14:29
rudolf2006さま
コメントを頂き、有難うございます。
また沖縄旅行記ずっと拝見しておりました。リフレッシュなさった
ようで何よりです。

教育については御説の通りだと思います。
職業教育が必要だったり求める人、学問を追及していきたい人、
それぞれの希望が容れられるべきで、各々のニーズに合った教育
プログラムの用意がなされていることが重要だと思います。
また職場と大学の間をスムーズに行ったり来たりするような道が
確保されていることも必要だと思います。
rudolf2006さまの仰るように、日本には単線型のコースしか
存在しないのは大きな問題ですね。

収入と学歴の問題については、昨年拙ブログで取り上げた
同じちくま新書の吉川徹『学歴分断社会』、これもお薦めですよ~。

この記事へのトラックバック