谷崎潤一郎『少将滋幹の母』(新潮文庫)

谷崎潤一郎『少将滋幹の母』(新潮文庫)という小説を読み終えた。
ぼくは、明治以降の日本の作家では、夏目漱石、谷崎潤一郎、三島由紀夫といった辺りが好きだ(平凡だが)。この中では、最近、谷崎に以前よりもずっとシンパシーを感じるようになった。年齢が50歳近くなり、漱石の後年に作品のようにあまり深刻なテーマを扱った文学を読むことは厳しくなったせいだと思う。

谷崎の魅力は、第1にその流麗な美しい文体ではないかと思う。ぼくは明治以降の作家で谷崎ほど美しい文章を書いた人を見たことがない。
谷崎文学のテーマは時代とともに変わっている。初期は前衛的なテーマで、ぼく自身はこの時期の谷崎に最も魅力を感じている。
しかし大正末期以降、関西に移住し、関西の風物や日本の古典に興味を寄せるようになった。この時期の代表作がいうまでもなく、『細雪』と『源氏物語』の現代語訳である。

今回読んだ『少将滋幹の母』は、解説(河盛好蔵)によると、昭和24年から25年にかけて毎日新聞に連載されたという。
谷崎が『源氏物語』の現代語訳を成し遂げ、『細雪』を書き終えた時期である。谷崎が日本の古典に共感を寄せていた時期らしく、平安時代が舞台となっている。

ストーリーは、藤原大納言国経は70代半ばの老人だが、50歳も年下の絶世の美女を妻にしていた。ところが、時の権力者藤原右大臣時平の策略により、妻を時平に奪われてしまう。国経は悔恨と悲嘆の末、生涯を閉じる。
国経とその妻だった美女の間に生まれた滋幹は、母が時平の許に去ったため、幼年時代の母の記憶を抱いているものの、母に会えないまま、少将に昇進し40代になった。そしてふとした偶然から、40年ぶりで、今は尼僧となった母と対面するというものである。

解説では、次のようなことが述べられている、
「中村光夫氏の言う如く、『この一編の骨子は幼いころ母を他に奪われた滋幹が40年ぶりに母と対面する物語である』ことは何人の眼にも明らかであろう。」

ぼくはこの点に異論がある、確かに母に対する思慕の気持ちはこの小説の大きな「骨子」だが、もうひとつ老人の美女に対する執着、妄執というものも前者と並ぶ大きな「骨子」ではないだろうか。
この小説における醜悪でコンプレックスの強い大納言国経の、妻に対する異常なまでの思いの強さ、妻を時平に奪われた後の執着というものは、迫真のもので、その屈折した心理の描写は谷崎ならではのものだ。

このように本書は、醜悪な老人の美女への妄執と、母への思慕という、谷崎文学の中に絶えず現れるテーマを2つながら実現したもので、秀作だと思う。
ぼくはこれまで、谷崎の歴史小説というと、名作の誉れ高い「盲目物語」しか読んだことがなかったが、この谷崎の歴史小説というジャンルにも宝が多いのかもしれない。



少将滋幹の母 (新潮文庫)
新潮社
谷崎 潤一郎

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