「これからの将来に読みたい本」Ⅱ

ぼくはこのブログを開設して1年余り経った頃の2007年9月9日に、「これからの将来に読みたい本」というタイトルの記事を書いたことがある(http://arturr.at.webry.info/200709/article_5.html)。
ぼくが死ぬまでの間に、これだけはどうしても読んでおきたい本を10冊挙げたものだった。
その10冊は次の通りである。

1.H・アーレント「人間の条件」
2.J・ハーバーマス「公共性の構造転換」
3.K・マルクス「資本論」
4.J・シュンペーター「経済発展の理論」
5.ヘーゲル「精神現象学」
6.フォイエルバッハ「キリスト教の本質」
7.コリングウッド「歴史の観念」
8.F・ブローデル「地中海」
9.トーマス・マン「魔の山」
10.曹雪斤「紅楼夢」

今日は2011年5月2日だから、記事を書いてから3年8ヶ月が経過したことになる。
その間に、上記の10冊のうち何冊を読むことができただろうか?
見事なまでにゼロである。

仕事が忙しかったとか、そういうことは言い訳にならない。
やっぱり読書意欲、広くやる気ののようなものが、年とともに鈍ったきたのだろう。
「少年老い易く、学成り難し」。まさに真実である。

しかし、上記のような古典をいつかは読みたいという気持ちは持ち続けている。
さらに3年8ヶ月の間に、上記の10冊以外にも読みたい本が出てきた。
具体的には、昨年ベストセラーになったマイケル・サンデル「これからの正義について話をしよう」を読んで、政治哲学の分野に興味が湧いてきた。政治哲学の本については、「人間の条件」と「公共性の構造転換」の2冊を挙げているが、それに加えてR・ノージック「アナーキー・国家・ユートピア」とJ・ロールズ「公正としての正義 再説」はどうしても読みたい気がする。
これに対して、コリングウッド「歴史の観念」とF・ブローデル「地中海」の歴史学の古典2冊はもうよいのでないか、という気がする。特に「地中海」は大著すぎて、読了するのは無理だろうと思う。

またトーマス・マン「魔の山」よりマルセル・プルースト「失われた時を求めて」を読みたい気がする。「失われた時を求めて」は、光文社古典新訳文庫と岩波文庫から競うように新訳が出始めた。どちらにするか迷うところだ。

以上から、「これからの将来に読みたい本」10冊を今改訂するとすると、次のようになる。

1.H・アーレント「人間の条件」
2.J・ハーバーマス「公共性の構造転換」
3.R・ノージック「アナーキー・国家・ユートピア」
4.J・ロールズ「公正としての正義 再説」
5.マルクス「資本論」
6.シュンペーター「経済発展の理論」
7.ヘーゲル「精神現象学」
8.フォイエルバッハ「キリスト教の本質」
9.M・プルースト「失われた時を求めて」
10.曹雪斤「紅楼夢」

いずれも自分が死ぬまでの間にいつかは読んでみたい古典だ。

最後に余談になってしまうが、昨年、柄谷行人「世界史の構造」(岩波書店)という本をたいへん興味深く読んだ。同書を読んでいて感じたのだが、マルクス「資本論」は、ぼくがそれまで想像していた以上に、人間や世界の過去・現在・未来についていろいろと示唆を与えてくれる本のようだ。
それで上記10冊の中からさらに1冊選ぶとしたら、「資本論」ということになるだろう。



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