山本義隆『近代日本150年』(岩波新書)

山本義隆『近代日本150年』(岩波書店=岩波新書)という本を読み終えた。
著者の山本氏は1941年大阪生まれ、東大在学中に全共闘議長を務めた著名な方である。学生運動を終えた後は大学に戻らず、駿台予備学校で物理を教える傍ら、在野の研究者として科学史を中心に研究されているようだ。科学史の分野の著作は高く評価されているという話を聞く。
管理人が大学に在学したのは1980年代前半だったので、山本氏とは世代が異なる。しかし80年代、山本氏は既に伝説的な存在となっており、学生運動と全く縁のなかった管理人でも、山本氏の名前くらいは聞いたことがあったように思う。

さて本書『近代日本150年』は本年2018年1月19日の刊である。山本氏にとって初めての新書スタイルの書である。

本書は明治維新からちょうど150年が経過したことを機に、近代国家となった日本150年間の科学技術の歴史をテーマとしたものである。
管理人は文系人間なので、科学技術については極めて疎い。本書を読んでいても、科学技術の内容について理解できない点はあった。しかしそれは些細な問題であり、本書を貫く大きな視点、山本氏の言わんとすることは理解できたように思う。

明治維新を成し遂げた政府は西洋の科学技術の摂取に邁進したが、それは国民の生活を豊かにしようとする意図からではなく、国力の拡張を図る軍事的観点に立ったものだった。また維新後の近代化は専ら西洋の科学技術の導入によって成し遂げられたものではなく、江戸時代に由来する民間職人の技術改良の果たした役割は無視できない。またいわゆる「女工哀史」や足尾銅山の鉱毒問題のような国民の犠牲によって成り立った側面があった。
明治以降、産官学が一体となって科学技術の研究を進め化学工業などの発展をもたらしたのは、政府の帝国主義的な対外拡張に資するためだったのである。

第二次大戦後も産官学の一体構造は変わっていない。戦前戦中に軍事技術の研究開発に従事していた技術者は、そのまま戦後の政府や大企業によってそのまま重用され、政府(主に通産省)主導の計画的な産業振興の中で役割を担うことになった。その影で、日本各地で公害が起き、水俣病などの被害者の救済はほぼ意図的に後回しにされた。戦前と相似の構造である。
また山本氏は、日本が広島・長崎の悲劇を受けた原子力について、戦後政府が何故、研究・利用を進めたのかを明らかにするとともに、東日本大震災の際の福島第一原発の事故により原子力の振興政策が破綻したことをも明らかにする。

戦前だけでなく戦後も、政府が産官学一体となって、国民生活の安全や精神的豊かさではなく、経済的な国力増大、原子力の軍事利用のオプション維持を図っていることについての山本氏は筆鋒はたいへん鋭く手厳しい。一部の「御用学者」は実名を挙げている。
ただ管理人は、山本氏の言わんとすることはたいへん共鳴することができた。

管理人は全くの文系人間なので、本書のような科学技術の歴史に関する本を読むのは、ほとんど初めてだった。内容的にも初めて知るような事項が多く、それを本書のような確固とした視点を持った著作から学ぶことができて、たいへん有益だった。山本氏と岩波新書編集部に感謝したい。


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