ゲルギエフ/ミュンヘン・フィル、ユジャ・ワンの演奏会(12月2日)

本日12月2日(日)午後、東京・赤坂のサントリーホールで、ヴァレリー・ゲルギエフ指揮ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団とユジャ・ワン(ピアノ)の演奏会を聴きました。
曲目は次の通りでした。

プロコフィエフ「ピアノ協奏曲第3番」(ピアノ: ユジャ・ワン)
(中休み)
ブルックナー「交響曲第9番」

管理人にとってゲルギエフとミュンヘン・フィルを生で聴くのは初めて、ユジャ・ワンを生で聴くのは、今年3月のズヴェーデン指揮ニューヨーク・フィルのコンチェリストとして来日してブラームスのピアノ協奏曲第1番を演奏したのを聴いて以来、2回目ということになります。

まずプロコフィエフですが、ユジャさんは鮮やかなゴールドのミニドレスに、踵の高さが10センチ以上あるピン・ヒールを履いての登場です。どうしても管理人を含む男性(おそらく女性も)の眼は、ユジャさんの太腿に引きつけられます。ユジャさんは当然それを認識して、曲が技巧の要求されるプロコフィエフであることをも考慮して、ショーマンシップを発揮したのではないでしょうか。

プロコフィエフのピアノ協奏曲第3番は、第1・3楽章はピアノの超絶技巧が要求されるダイナミックな楽章ですが、真ん中の緩徐楽章は抒情味溢れる楽章です。
今日のユジャさんは第1・3楽章では気合のこもった演奏で、持ち前の超絶技巧を発揮しました。聴いていて(見ていて)あぜんとなるほどでした。それだけでなく、第2楽章ではデリケートでリリカルな表現で、彼女が決して技巧一辺倒のピアニストではないことを認識させる演奏でした。上述のように管理人は今春彼女のブラームスを聴きましたが、今日の方が出来が良かったと思います。ブラームスよりプロコフィエフの方が彼女の個性と合致しているのかもしれません。
またゲルギエフ指揮ミュンヘン・フィルの伴奏もじっくり付けているという感で、このコンビのコンチェルト演奏はなかなか良いように思いました。
プロコフィエフの演奏終了後、ユジャさんがアンコールとして、プロコフィエフの「トッカータ作品11」とモーツァルト(ヴォロドス、サイ、ユジャ・ワン編曲)「トルコ行進曲」を演奏しました。前者の早いテンポでの超絶技巧と、後者のまるでジャズのようなアレンジに驚かされました。

中休みをはさんで、ブルックナーの交響曲第9番です。この曲は管理人の大好きな曲です。ブルックナーに限らず全ての作曲家の交響曲の中で最も好きなのがこの曲かもしれません。
本曲は何か巨大なものを聴いているような気持ちにさせられる曲です。大宇宙の鼓動かもしれません。生物・無生物の両方を含めた万物が生成し消滅する、その現場に立ち会っているかのような気持ちにさせられる曲です。管理人はこのように考えるので、本曲を古楽器演奏の影響を受けたと思われるような、すっきりした薄味スタイルで演奏されるのを好みません。じっくりと重厚に演奏してほしいと思うのです。
ところで管理人は本曲の録音を10種類以上持っていますが、その中で最上位に上げたいのがセルジュ・チェリビダッケ指揮ミュンヘン・フィルのライヴ録音です。そのミュンヘン・フィルのブルックナー第9番を生で聴くことできるのが、(ユジャさん以上に)今日の最大の楽しみだったのです。

ゲルギエフ指揮ミュンヘン・フィルの演奏は管理人の期待を裏切らない名演でした。やや暗めの音色で、重厚な懐の深い演奏でした。とりわけ木管・金管の管楽器セクションの懸命の演奏が印象に残りました。テンポは意外にゆっくりしており、好ましいテンポだと感じました。
ミュンヘン・フィルは、1980年頃から90年代にかけて15年以上チェリビダッケが音楽監督を務めた後、概ねティーレマン、ゲルギエフが音楽監督を継承しています。今日のブルックナーを聴いて、チェリビダッケ以来のブルックナー演奏の伝統が維持されていると感じ、嬉しい思いがしました。

このように今日のサントリーホールでのコンサートは、たいへん満足することのできたコンサートでした。

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