コンヴィチュニーのベートーヴェン「交響曲第3番『英雄』」

東京は桜が開花し温暖な日が続いています。
今日はベートーヴェンの交響曲第3番変ホ長調作品51「英雄」を聴きました。演奏はフランツ・コンヴィチュニー指揮ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団です。1959~61年の旧ドイツ・シャルプラッテンへの録音です。

管理人はここ5年くらい、ベートーヴェンの交響曲をあまり聴かなくなりました。ベートーヴェンを聴くとしたら、一に室内楽、二にピアノ・ソナタです。また交響曲を聴くとしたら、一にブルックナー、二にマーラーです。
それでも3ヶ月に1回くらいベートーヴェンの交響曲を聴くことはあります。今日はエロイカです。管理人のベートーヴェンの交響曲に対する好みで言うと、このエロイカがいちばん好きです。

本曲は、天馬空を行くようなスケールの大きい第1楽章で始まります。非常にカッコいい楽章です。
第2楽章は一転して葬送行進曲です。英雄の死にふさわしい悲愴感に溢れた楽章です。プライベートな悲しみの感情ではなく、もっと普遍的な慟哭が感じられます。
次の第3楽章は今日聴いたコンヴィチュニー盤で6分強という比較的短い、軽妙なスケルツォですが、実は重要な楽章なのではないでしょうか。管理人は、第3楽章から第4楽章にかけての盛り上がりが、第1楽章・第2楽章と並ぶかそれ以上のエロイカの聴きどころだと思います。
その第4楽章は素晴らしい出来栄えです。ここでは英雄の波乱万丈の一生が表現されているかのように、起伏に富み、波乱万丈です。強烈なダイナミズムが感じられる楽章です。

演奏ですが、コンヴィチュニー指揮ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団というと、古臭いイメージがあるのではないでしょうか。今日聴いて驚いたのですが、すっきりとした明快な、美しい演奏です。確かにテンポは、第1楽章が19分42秒もかかっていることから分かるように、ゆっくりしています。しかし、テンポ以外は驚くほどすっきりして明快で、テンポを変えることはあまりなく、現代的な演奏だとさえ感じます。決して古臭い演奏ではありません。テンポが遅いという点を除けば、指揮者の個性は出ておらず、普遍妥当性を持った演奏だと思います。
またライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団のサウンドも、一般的にイメージされるような「燻し銀」というよりも明るさが感じられます。明るいと言っても華麗なのではなく、抑制された明るさです。温かさ・柔らかさと、穏やかな程よい明るさを持ったサウンドで、ベートーヴェン(だけではありませんが)の演奏において理想的な音色と感じられます。

ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管は、コンヴィチュニーの後任のクルト・マズア時代には質実剛健のイメージが強いように思いますが、コンヴィチュニー時代にはまた別のサウンドを有していたのでしょう。ゲヴァントハウス管弦楽団のような世界最古のオーケストラであっても、時代の経過と共に音色を変化させていくことが分かります。

以下は余談になりますが、管理人は、このコンヴィチュニー指揮ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団のベートーヴェンをたいへん好んでいます。もっともマズア指揮ゲヴァントハウスのベートーヴェンとの優劣は難しい問題ですが…。
ベートーヴェンの交響曲全集を3つ挙げるとしたら、その中にはコンヴィチュニー又はマズア指揮ゲヴァントハウスは必ず入れます。ハイティンク指揮コンセルトヘボウ管弦楽団も入れ、残り一つをブロムシュテット指揮ドレスデン・シュターツカペレとスウィトナー指揮ベルリン・シュターツカペレで迷うことになります。
5つ挙げるとしたら、上記の4種類に加えて、アメリカのオーケストラを一つくらい入れたいので、トスカニーニ指揮NBC交響楽団ということになります。
1980年代以降顕著になってきたアーノンクールら古楽器による演奏や、古楽器演奏の影響を受けた現代オーケストラによる演奏は、少なくともベートーヴェンには合わないのではないか、と思います。ベートーヴェンの交響曲には厚み・重厚さが欲しいように思うからです。ベートーヴェン自身が意図していたのは古楽器派のようなスタイルだったとしても、現代のフル・オーケストラはベートーヴェンの交響曲の可能性を広げたのではないでしょうか。ハイドンやモーツァルトの交響曲なら、古楽器スタイルでもそれなりの良さがあるとは思いますが…。

管理人は古楽器演奏があまり知られずにいた1970年代にクラシックを聴き始めた世代に属するので、以上のような考えを持つのかもしれません。「存在が意識を決定する」という有名なマルクスの言葉がありますが、なるほどと思います。

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