ジュリーニ&シカゴ響のシューベルト「未完成交響曲」

今日10月15日は「勝手にシカゴ響の日」です。ぼくがクラシックを聞くようになったのは1970年代後半からですが、当時のシカゴ響の音楽監督はゲオルグ・ショルティでした。そして当時ぼくは、このショルティ&シカゴ響のコンビが機械的な演奏に思え、好きになれなかったのです。その後、80年代に入り大学に入学した後、友人からジュリーニの指揮したシカゴ響は良いと聞きました。それでジュリーニ指揮シカゴ響のシューベルトやドヴォルザークのLPを聴いてみたのですが、これがどれも素晴らしく思えたのです。
少し話がそれますが、70年代後半から80年代前半にかけてジュリーニがシカゴ響やロス・フィルを振った録音は、ベートーヴェン、シューベルト、ブラームス、ドヴォルザーク等、すべてがすばらしい演奏なのではないでしょうか。今日聴いた1978年3月録音のDGのシューベルト「未完成」もそうです。

シューベルトの「未完成交響曲」。交響曲としては未完成であるがゆえに芸術としてはかえって「完成」し、不滅の生命を持つことができた曲。ぼくがこの曲をはじめて聴いたのは小学校低学年の頃だったように思います。いわゆる通俗名曲ではありますが、旋律の美しさ・豊富さ、第1楽章に感じられる平穏と深淵の同居、第2楽章に感じられる天国的な永遠性等、この曲の魅力は何回聴いても尽きることはなく、かえって聴くたびに新たな魅力が感じられるほどです。

そしてジュリーニ指揮のシカゴ響の演奏がすばらしいのです。テンポは遅いのですが、緊張感にあふれる劇的なもので、シカゴ響、特に弦楽部が重厚な演奏を繰り広げています。低弦部の足取りはまるで地響きを感じるようです。第2楽章でもジュリーニの精緻な指揮の下、オーケストラに巨人の歩みのようなものが感じられます。古くから有名なワルター盤の柔和な演奏に対し、「未完成」の重厚型の演奏の代表といって良いのではないでしょうか。ぼくはこのジュリーニ&シカゴ響盤が「未完成」の最も好きな演奏でいます(ジュリーニは90年代の最晩年にバイエルン放送響とも「未完成」をソニークラシカルに録音していますが、バイエルン盤はテンポがいくらなんでも遅すぎるように思え、シカゴ盤の方が好きでいます)。

ところでシカゴ響ですが、その後ダニエル・バレンボイムがシュターツカペレ・ベルリンと掛け持ちで指揮していた時代が、意外に(?)良かったのではないでしょうか。バレンボイムの真摯な演奏は、少なくともぼくは中々好感を持ったのです。最近バレンボイムは辞任し、シカゴ響はベルナルト・ハイティンクを新たに音楽監督に迎えたと聞きます。ライナーの昔からアメリカ最高のオーケストラの名声をほしいままにしているシカゴ響。ぼくは実演は残念ながら一度も聴いたことがありません。一度生で聴いてみたいものです。

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