トスカニーニ/NBC響のブラームス「交響曲第1番」

東京では昨日まで暖かな日が続いていましたが、今日土曜は、寒い1日です。午前中は雨、午後から降雪となりました。この冬、本格的な雪が降ったのは今日が初めてではないかと思います。
しかし気象情報によると明日からはまた温暖な日に戻るようです。

世の中は新型コロナ一色です。3月11日WHOによりパンデミックが宣言され、日本でも、コンサートはほぼ全てキャンセル、展覧会は全て中止、プロ野球は開催延期、Jリーグは中断、選抜高校野球は中止です。一刻も早く事態が鎮静化することを祈ります

さて今日は、ブラームスの交響曲第1番ハ短調作品68を聴きました。演奏はアルトゥーロ・トスカニーニ指揮NBC交響楽団です。1951年11月6日のカーネギーホールでのスタジオ録音です。レーベルはもちろんRCAです。

本曲は急・緩・急・急の古典的な4楽章構成を取ります。
第1楽章はただならぬ緊迫感を持って始まり、緊張感と充実感の溢れた楽章です。
第2楽章は緩徐楽章ですが、ブラームスらしい柔和な楽章で、後期ロマン派らしい側面が感じられます。
第3楽章も柔和な曲調で民謡風の旋律が現れます。
第4楽章は緊張感を持って始まった後、晴朗な曲調に変わります。この個所は苦悩から解放された賛歌のようであり、ベートーヴェンの第9交響曲の終楽章が思い起こされます。

本曲は、ブラームスが先輩作曲家ベートーヴェンの偉大な9曲の交響曲から大きなプレッシャーを感じながら作曲した作品として有名です。作曲に着手したのが1855年のブラームス(1833ー1891)22歳の年ですが、完成は1876年で、実に21年の歳月を必要としています。そして指揮者ハンス・フォン・ビューローが「第十」と呼んだというエピソードが知られています。
内容的に第1楽章と第4楽章、特に第4楽章にベートーヴェンの影響が顕著に現れているように思いますが、中間2楽章、特に第2楽章にベートーヴェンら古典派の影響から一歩足を踏み出したブラームス独自の個性が現れています。ブラームスは本曲に続く交響曲第2番以降で、ベートーヴェンの影響から脱した独自の個性を持った交響曲を作曲していますが、ブラームスの個性は「第十」と呼ばれた本曲で既に姿を見せていると言えるように思います。

トスカニーニの演奏は彼らしい引き締まった、充実感のある名演です。テンポは早めで、テンポを揺らすようなことはしません。
またNBC交響楽団のアンサンブルの精度は超一流です。
管理人はブラームスの交響曲について、ドイツ・オーストリア音楽の側面が強く、それゆえにウィーン・フィルやドイツのオーケストラで聴くのがふさわしいと考えています。しかしたまにはアメリカのオーケストラで聴いてみるのもよいではないでしょうか。
意外なことを言うようですが、トスカニーニのブラームスの交響曲は4曲とも名演だと思います。トスカニーニはベートーヴェン以上にブラームスとの相性が良いのではないでしょうか。

トスカニーニは管理人の好きな指揮者です。戦後すぐの頃、日本では、フルトヴェングラー、トスカニーニ、ワルターが三大指揮者とされていたと聞きますが、管理人がその中で最も好きなのがトスカニーニです。今に至るまで、古今の指揮者で管理人の最も好きなのはトスカニーニではないかと思うほどです。現実に管理人がコンプリート・ボックスを持っている指揮者は、トスカニーニとPhilips時代の小澤征爾のみです(ピアニストのコンプリート・ボックスは、ルービンシュタイン、アラウ、ブレンデル、ラローチャ(デッカ時代)と多いのですが…)。
若い頃(約40年も前のことです)はクラシック・ファンの間で「フルトヴェングラーよりトスカニーニの方が好きだ」と言うと、「オマエは音楽を聴く耳がない」とこき下ろされたものです。当時はトスカニーニの演奏は機械的で精神の深さがないというのが定評だったのです。
今はそのような言われ方はされなくなり、トスカニーニを好きだと言うとむしろ「相当なファンですね」というような言われ方をされることが多く、面目を施しているところです。

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